第26話 風邪をこじらせた

 休日はつくづく早く過ぎていくと思う。

 一ヶ月以上あった夏休みも、残すところあと一週間弱。


 そして、そろそろ……。

 里奈さんと、旅行に行く日が近づいていたりするのだが。


「──てことだから」

「わかった。連絡ありがと」


 里奈さんが風邪をこじらせたとの連絡を、唯香からもらっていた。


「じゃ、それだけ。またね」

「あ、待って」

「ん?」

「お見舞い、行ってもいいのかな」

「好きにしたら? まぁ、お姉ちゃんは遠慮しそうだけど」

「わかった。すぐ行く」

「ん、じゃあカギ開けとくから」

「さんきゅ」


 旅行は明日。

 この調子だと、旅行はキャンセルになるだろうな。


 そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺は里奈さんの元に向かった。



 ★



 里奈さんの家に到着する。


 インターホンを押そうかと思ったが、里奈さんが寝ている可能性がよぎった。

 唯香がカギを開けておくと言っていたことを思い出し、ドアノブを握ってみる。


 ガチャリ、と音を立てて扉が開いた。


「お、お邪魔します」


 声をひそめて来訪を知らせるが、返ってくる言葉はない。


 玄関のカギを閉める。


 里奈さんと唯香の靴は見当たるが、それだけだ。

 両親は出かけているのだろう。


 俺は二階へとつながる階段を登っていく。


 里奈さんの部屋は階段を登って、突き当たりにある。


『RINA』と書かれたドアプレートを一瞥して、俺は軽くノックしてから。


「里奈さ──」


 沈黙のカーテンが下りる。


 時間が止まったと錯覚を覚えるくらいには、この場にいた全員が硬直した。


 しっかり一秒が経過した後、最初に口火を切ったのは唯香だった。


「拓人……。入るなら一言いいなよ」

「や、そのためにノックしたんだけど」

「ノータイムで入ってきたら意味ないでしょ」

「た、たしかに」


 俺、うっかりである。


 ノックをすることが目的になっていた。


 と、トマトよりも真っ赤な顔をしている里奈さんが。


「な、なに悠長にしてるの⁉︎ で、出てって! 拓人くんの変態!!」

「は、はい! すみません!」


 追い出される形で、俺は里奈さんの部屋を後にする。


 勢いよく扉を閉めて、背中を預けた。


 迂闊だった。

 里奈さんが唯香に身体を拭かれているとは思ってなかった。


 上半身はブラジャーのみ。

 白くてきめ細かい肌に、モデル顔負けのスタイル。


 立派なものを持っているとは思っていたが、想定以上に胸に栄養が偏っていた。


 俺は焼けるように熱い身体を、パタパタと手であおぐ。


 はぁ。

 お見舞いに来て早々、何してんだ俺は……。


 肩を落とし、自責の念に駆られていると、トントンと内側からノックされた。


「拓人、そこにいられるとドア開けらんない」

「あ、わりぃ」


 ドアから離れると、唯香が顔を見せてきた。


「もう入っていいってさ。あたし、自分の部屋にいるから何かあったら言って」

「お、おう。わかった」


 ひらひらと空中に手を泳がせながら、唯香は自分の部屋へと向かっていく。


 入れ替わる形で、俺は里奈さんの部屋に入った。


「変態……」

「す、すみません。まさか、身体拭いてるとこだと思わなくて」


 里奈さんは、布団を深く被り目元だけひょっこりと覗かせている。

 俺と目が合うと、プイッとそっぽに逸らされた。


「汗臭いとか思われたら嫌じゃん……」

「そ、そんな気にしなくてよかったのに」

「私が気にするの」

「な、なるほど」


 ムッと不満そうにつぶやく。


 ベッドの近くに置かれた椅子に腰掛ける。

 さっきまで唯香が座っていたのか、少し生暖かくなっていた。


「別に、来てくれなくてよかったのに」

「来ますよそりゃ。大切な彼女が弱ってる時に、家でのんびりできません」


 里奈さんはすでに赤かった顔をさらに赤く染める。


 俺と目は合わさないまま。


「で、実際、どこまで見たの……?」

「そ、それは……その、ほとんど見てないというか、背中がチラッと見えた程度かなぁ」

「そっか、じゃあよかった。今日、黒のちょっとエッチなブラジャーつけてたから」

「え、白でしたよね」

「…………」

「あ」


 失言に気が付き、俺は顔色を青くする。


 里奈さんの鋭い視線がチクチクと痛い。


「ちゃんと見てるじゃん」

「すみません」


 言い訳だけど、あの場面で見ない男はいないと思う……。

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