第24話 元カノの告白─②

「あたしさ、元々、お姉ちゃんに勝ちたくて、拓人に告白したんだ」


 唯香は懺悔するように告白した。


 唯香と付き合う前、俺たちはほとんど話したことがなく、クラスメイトとしての繋がりしかなかった。


 そんなある日。


『付き合ってよ』といきなり告白され、俺と唯香の交際は始まった。


 それまで告白された経験はなかったし、恋愛には年相応に興味を持っていた。

 付き合いながらお互いのことを知っていくということで合意して、付き合い始めたのだ。


 だから、唯香のこの切り口に、俺の関心が一気に持ってかれる。


「ど、どういうこと?」

「お姉ちゃんが、拓人のこと好きなの知ってた。拓人は忘れちゃってるみたいだけど、昔、会ってるんだよ。あたし達」

「……いや、覚えてるよ。最近、思い出したんだけど」

「ふーん、そっか。思い出したんだ……」


 唯香は少しつまらなそうにボヤく。


 そっと視線を落とした。


「こっちに戻ってきたのが、中学二年の二学期とかで、同じクラスに拓人がいて……ものすごい偶然だと思った。神様が、あたしにチャンスをくれたって思った。だから──」

「里奈さんの気持ちを理解した上で、俺に告白したってことか?」

「そ。幻滅するでしょ?」

「……まぁ、そんな理由とは知らなかったしな」


 付き合う動機が不純にも程がある。


 姉へのコンプレックスを拗らせすぎだ。


「あたし、お姉ちゃんに自慢したかった。お姉ちゃんの初恋の人はあたしを選んだんだって。でもお姉ちゃん、ほんと、意味わかんない……。拓人のこと覚えてるはずなのに、普通に祝福してくれた。なにも、文句の一つも言ってこなかった」


 そうだろうな。

 別れた当初、里奈さんは俺と唯香の仲を取り持とうとしていた。


 里奈さんは純粋で、優しくて、自己犠牲できてしまう人だ。いや、自分を犠牲にしてしまうといった方が正しいか。


「度量の差を見せられて、あたしばっかり、惨めになるじゃん……」

「唯香……」

「でもなんだかんだ、拓人と付き合ってるときは楽しかった。……遺伝子なのかな、あたしも拓人のこと普通に好きになってた。だから、拓人と付き合い始めた動機なんてすっかり忘れてて……。でもほら、あたしってワガママでしょ?」

「ああ、散々困らされたからな」


 唯香は何かと要求が多くて、ワガママだ。

 けれど、そのワガママを聞くのが俺は嫌いじゃなかった。


 そうじゃなきゃ一年以上も交際を続けられない。


 唯香の彼氏を務めるのは、けっこうハードルが高いのだ。


「うん。だから、どんどん求めるものが大きくなっちゃって、現状に満足できなくなっちゃったんだよね。新しい何かがほしくなるみたいな……。でも、拓人と別れてから、ずっと……つまんない。失ってから幸せに気づくってやつかな」


 切実な胸中を孕んだ発言だった。


 俺は乱雑に頭を掻くと、ぶっきらぼうに。


「唯香ってさ、俺が好きなの? それとも、里奈さんが好きな俺って存在が好きなの?」


 話を聞いていて、単純に興味が湧いたところだった。


 唯香は天井を仰ぐと、しばらく悩んでから。


「最初は、間違いなく後者。けど、拓人のことは好き」

「でも、俺のこと好きかわかんなくなったんだろ?」

「うん。でもお姉ちゃんと付き合って、楽しそうにしてる拓人を見るの嫌だった」

「じゃあ……」

「お姉ちゃんに取られちゃったってのも嫌で、でもなにより、拓人が手の届かない位置に行っちゃった事実がなにより嫌だった。あたし、訳わかんないね……」


 そう簡単に言語化できる状態ではないってことか。


 ともあれ、一つわかったことがある。


「にしても、唯香はちょっと自己評価ができてないよな」

「は? 自己評価?」

「やたらと里奈さんを持ち上げて、自分を卑下しすぎなところ。唯香の良いとこだっていっぱいあるだろ」

「そんなの、あるわけない……」


 下唇を噛み締め、プイッと首を横に振る。


 そんな唯香に、俺は優しく語りかけるように。


「唯香は、要領いいでしょ」

「え?」

「要点をまとめるの上手いし、唯香のノートって凄い見やすいじゃん」

「べ、別に……普通だし……そのくらい」

「自分の意見を主張できるし、あとほら、努力家じゃん。まぁ、見えないところでコソコソ努力してるから、誤解されやすいけど」

「し、知ったようなこと言わないで」

「少しくらい言わせろよ、元カレなんだし」

「……うぐっ」

「そもそも、顔だの才能だの、何において良し悪しをつけるんだよ。基準なんて人それぞれだし、里奈さんと唯香じゃ年齢も違うんだから土俵が違うだろ」

「で、でも、あたしはお姉ちゃんには勝てない……」


 俺は複雑に表情を歪めつつ、首を揉んだ。


「勝つ必要あるの?」

「だって、みんなお姉ちゃんしか見てない。みんな、お姉ちゃんのこと好きになる……」

「里奈さんよりも唯香の方が好きって人、絶対いると思うぞ」

「いるわけない」

「いや、少なくとも唯香と付き合ってるときの俺はその一人だったんだけど」


 人間、誰しもコンプレックスの一つや二つあるもの。

 ただ、唯香は相当重症だな……。


 唯香はポッと頬に赤く染めると、顔を上げた。


「……お、お姉ちゃんと付き合ってるくせに、あたしのこと口説いてんの?」


「や、なんでそうなんだよ……」


 えらい誤解を受けていた。


 そんなつもりは毛頭ないため、意表を突かれる。


「もう訳わかんない! あたし帰る!」

「え、あ、おお……」


 唯香は立ち上がると、赤い顔を保ったまま俺の横を通り過ぎていく。


 しかし扉を開けたところで、ピタリと足を止めた。


「……あんがと。……ちょっとだけ、自分に自信でてきた」

「お、おう。ならよかった」


 少し駆け足気味に、玄関へと向かっていく唯香。


 見送ろうかと思ったが、そんな雰囲気ではなさそうだ。


 一応、今のことは里奈さんに報告しておこう。

 隠して余計な誤解を生みたくないしな。

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