第23話 元カノの告白─①

 近々、里奈さんと旅行に行くことになりそうだ。


 まだ夏休みも始まったばかり。

 旅行に行く余裕は十二分ある。


 が、


「まじかよ、里奈さん……」


 俺は自室のベッドで、バタバタとのたうち回っていた。


 里奈さんの態度からして、恋人としてのステップを一気に駆け上がることになりそうだ。


「はぁ」


 仰向けになり、大きく息を吐く。


 身体が燃えるように暑くて、どうにかなりそうだった。


「にぃ」

「お、おい勝手に入るな」


 一人で物思いに耽っていると、突然、部屋の扉が開く。


 現れたのは、三つ年下の妹──咲良さくらだった。


 いつも眠たそうな半開きの目をしていて、脱力している。

 なにごとに対してもやる気がないのだけど、勉強も運動もある程度できてしまう器用貧乏。前髪ぱっつんで、小柄だ。


「唯香さんと別れたの?」

「え、ああ……まぁな」


 単刀直入。

 前触れのない切り口に、少し動揺する。


 別れたことを咲良には伝えてはいなかった。どこで知ったのやら。


「ふむ」

「え、えっと、それがどうかしたか?」

「今、わたしの部屋に唯香さんきてる」

「え、今いるのか? お前の部屋に?」

「さっきウチにきた。インターホン気づかなかった?」


 里奈さんとの旅行の件でウダウダ考えていたからな……。


 咲良の部屋は少し離れているし、話し声等も聞こえてこなかった。


「わたしにベタベタしてきて厄介だから、どうにかして」


 どうやら、咲良が迷惑を被っているみたいだ……。


「咲良一人で解決できなそうか?」

「唯香さんはにぃの面影を求めて、わたしに引っ付いている気がする。だからにぃがなんとかして」

「……わかった。じゃあ、とりあえずお前の部屋行くわ」

「んっ」

「え、えっと、なにしてんだ? ここ俺のベッドだぞ」

「にぃ、邪魔」

「いや、おい……」


 咲良が俺のベッドの上を這いずる。


 しっしと俺を追い払うと、枕に頭を預けて瞑目した。秒で夢の世界に旅立っていた……。


 マイペースな妹を見て、俺は苦く笑うしかない。


 ともあれ、唯香を放置できないし、咲良の部屋に行くか……。



 ★



「あ、咲良たんっ──」

「よ、よう」


 扉を開けると、パァッと瞳の中に星を宿らせるくらいキラキラとした目で甘えた声を上げる唯香がいた。


 しかし俺を視認するなり、ぼわっと真っ赤な顔をして俯いている。


「な、なんで拓人が……」

「ここ俺の家でもあるからな。というか、何の用?」

「あ、あたしは咲良たん……咲良に会いにきただけ」

「そうか。でも、咲良がちょっと鬱陶しがってたぞ」


 唯香が誰と交流を持つのも自由だけれど、妹が困っていたら無視はできない。


「…………ねぇ、拓人」


 少しの沈黙を経て、唯香が消え入りそうな声で俺の名前を呼んでくる。


 俺は小首を傾げて、唯香の続く言葉を待った。


「あたしが間違ってた。……あたし、やっぱ拓人のこと好き。だから、お姉ちゃんじゃなくて、あたしにしてよ」


 スカートを強く握り締めながら、うっすらと涙をにじませて唯香は懇願してくる。


 俺はつい眉根を寄せてしまった。


「俺は里奈さんのことが好きなんだ。裏切ることはできない」

「……っ。……だよね……。結局、あたしはお姉ちゃんの劣化版だし……」


 唯香はその場で体育座りをすると、目元だけひょっこりと出して、ぽつぽつと独り言を始める。


「劣化版なんて言うなよ。そんなことないだろ」

「……顔も、身長も、頭も、運動も、料理も、裁縫も、ピアノも、全部、全部そう。お姉ちゃんは何でも持ってるの。人当たりもよくて、友達もいっぱいいて、正月に集まれば、可愛がられるのはいつだってお姉ちゃん。……あたしはいつも、お姉ちゃんの後ろを引っ付いてるしかなかった。こんなあたしを劣化版って言わないで、なんて言うの?」


 唯香が里奈さんに対して、コンプレックスに近いものを抱いているのは理解していた。


 それは、交際しているときからそうだった。


 里奈さんの話題が上がることを嫌い、少しでも褒めるような真似をすれば癇癪を起こした。

 だから、俺は唯香を介してしか、里奈さんと関わる機会を持たなかったし、極力、里奈さんについて知ろうとしなかった。


 ただ、俺が思っていた以上に、唯香は劣等感を抱いているみたいだ。


「里奈さんは里奈さんで、唯香は唯香だろ」

「そんな薄っぺらいこと、言ってほしいわけじゃない」


 俺はつい押し黙ってしまう。


 唯香は締め付けるように両腕で膝を抱えると、ゆっくりと口火を切った。



「あたしさ、元々、お姉ちゃんに勝ちたくて、拓人に告白したんだ」

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