三章
第22話 〇〇のご提案
里奈さんとの過去のつながりも知り、極めて順調に交際を続けていた。
期末テストが終わった学校は、いつも以上に時間の流れが早くて、あっという間に夏休みを迎えている。
俺と里奈さんの間に、喧嘩もなく、ラブラブで楽しい毎日を送っている。
そんな羨ましがられる生活を送っているのだけど、俺には一つ悩みがあった。
それは、唯香のことだ。
現状、里奈さんと唯香の間には亀裂が生まれている。
冷戦状態、とでもいうのか。
とにかく、仲の良い姉妹とは程遠い。
そして亀裂が入った原因の渦中には、俺の存在がある。
彼氏とはいえ、姉妹仲に口を出すのは烏滸がましいとは思う。
けれど、どうにか関係を修復させたいとは思うわけで──ただ、その方法も思いつかず、俺は頭を悩ませていた。
「とはいえ……」
「俺と里奈さんの邪魔をしないで」的なことを唯香に言ったしな。
一体、どの口で関係修復とか宣っているのやら。
ただ、断じて姉妹仲に亀裂を生みたかったわけではなくて……。
「はぁ」
俺は重たく息を吐きながら、ショッピングモールのベンチに背中を預ける。
行き交う人の波をぼんやりと眺めていると、ピトッと右頬に冷たいものが当たった。
「バテちゃった?」
「そりゃまぁ……里奈さんの買い物に付き合ってるわけですし」
里奈さんから炭酸の入った缶を受け取る。
俺の身の回りには、大量の紙袋が鎮座していた。
言ってなかったが今はデート中だ。
「だって、欲しいものたくさんあるんだもん」
「羨ましいですね。俺、あんま物欲ないので」
「そーなんだ。なにも欲しいものないの?」
「強いていえば、里奈さんくらいです」
「私はとっくにキミのものだよ」
「さ、サラッと言い返してこないでくれますか。里奈さんが照れると思ったのに……」
赤面させてやろうと思ったら、カウンターを食らった。
くそ、誰にもあげないからな。里奈さんだけは。
里奈さんはコツンと俺の肩に頭を預けてくる。
俺は気を紛らわすために、炭酸をぐびっと口に入れた。
「……いつまでも、拓人くんと一緒にいたいな」
囁くように、けれど切実な思いが込められていた。
里奈さんがそっと俺の手を握る。
「留年、しちゃおっかな」
「な、なに馬鹿なこと言ってるんですか」
「あはは、冗談だって。私、優秀すぎて留年とかできないよ」
「うわ、鼻につくな」
とはいえ、里奈さんが優秀なのは間違いない。
進学校で上位の成績を収める学力の持ち主。
品行方正で人当たりがよく、信頼も強い。
彼女が留年するなら、今頃うちの高校はとんでもない数の留年生で溢れかえっているだろう。県内屈指のマンモス校になりかねない。
「はぁ……そろそろ大学受験にシフトしなきゃな……」
あぁ……留年ってそういうことか。
里奈さんは高校三年生。大学受験を控えている。
里奈さんの学力で考えると、この近くにある大学じゃレベルが合っていない。
このまま交際を続けていくと、遠恋になる可能性が高いのか。
「今はスマホがありますし、多少距離が離れても大丈夫ですよ」
「そう、かな。私は心配」
「心配?」
「また離れている間に、拓人くんが誰かに取られちゃうかもって……」
俺はつい黙ってしまう。
俺が里奈さんと再会したときには、唯香と付き合った後だった。
あのときの俺は里奈さんのことを覚えていなかったし、さぞかし辛い思いをさせたはずだ。その経験が、里奈さんに不安を覚えさせているのだろう。
「俺はもう、里奈さんのものですよ。所有者を無視してどっか行ったりしません」
里奈さんは頬に朱を差し込むと、視線を落とした。
たじたじな反応を見せながらも、ぎゅーっと力強く手を握ってくる。
ああもう、可愛いな!
「ねぇ、拓人くん」
「はい」
「夏休み中にさ、どこか旅行行かない?」
「りょ、旅行、ですか?」
俺はビクッと肩を跳ねて、上擦った声を上げる。
急な提案に動揺を隠せない。
旅行って……。
「ダメ、かな。一泊二日くらいで」
「お、俺は大丈夫ですけど……泊まりなんて、里奈さんのお父さんが許さないんじゃ……」
上目遣いで見つめられ、俺の心拍が跳ね上がる。
体温が異常な上がり方をしているのを感じた。
「友達の家に泊まるっていえば平気」
「で、でも泊まりですよ……?」
それは要するに、同じ部屋で一晩を明かすということだ。
そんな特殊な状況で、俺が理性を維持できるかと言われれば、そんなの。
「嫌?」
「嫌じゃないです。けど、あんまり俺の理性を信用されても困るっていうか」
「別に信用してないけど」
「え? や、その……」
ポツリと小さく呟く里奈さん。
え、えっと……まじですか…………?
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