第21話 過去編ー後編ー

「迷子になってる里奈さんを見つけたのが、出会いですよね」

「うん。……ちゃんと思い出されちゃうと、それはそれで嫌だなぁ」


 俺の思い出した記憶を里奈さんに伝える。


 齟齬はないようで、里奈さんは頬を赤くしていた。


「それで俺、せっかくの旅行なのに里奈さんに色々と振り回されましたよね」

「む、その言い方はどうなのかなー」


 里奈さんがジト目で俺を睨む。


 両手を開いて、どうどうといなす俺


 もちろん、子供だけで自由に街中を歩き回れない。

 だから、父さんや里奈さんのお母さんが付き添ってくれた。


 家族ぐるみで動物園に行ったりと、偶然、出会ったにしては中々に濃いつながりができていた。


 なのに、どうして俺がそれを覚えていないかと言えば──。


 あれは、旅行最終日。


 予定通り、飛行機に乗って帰る時間が迫っているときだった。



 ★



「ほ、ほんとに帰っちゃうの?」

「うん。延期できないし」


 俺は夏休みだが、父さんと母さんには仕事がある。


 駄々をこねればどうにかなる問題ではないことは理解していた。


 そりゃ、この一週間で里奈さんとは仲良くなったし、別れは惜しいけど。


「帰っちゃ、ヤだ……」

「り、里奈さん?」


 里奈さんが俺に抱きついてくる。


 その大胆な行動に、俺はビクッと肩を上下させてしまう。


 くっ……。

 父さんも母さんもなにニヤニヤしてんだよ……! 


「は、離れて……」

「私、何年かしたら日本に帰る予定だから」

「え?」

「だ、だから」


 潤んだ目を俺に向けてくる。


 その上目遣いは、男なら誰でも一撃で落ちる破壊力があった。


「で、でも、日本に帰ったところで住んでる場所が違うだろーし」

「ううん。拓人くんの住んでる地域と、私が日本で住んでた場所、すごく近かった。お母さんに調べてもらったの」

「そ、そうなんだ……すごい偶然だな」

「うん……」


 それなら、また会えるかもしれない。


 そう思うと、この別れも自然と受け入れられる気がした。


 正直、強がっていたから。


 本当はもっとここにいたいけど、無理なものは無理だからと諦めていた。


 ただ、もしまた会えるなら──それはすごく嬉しいことで。


 と、ここまで黙って見守っていた父さんが声を上げる。


「拓人。そろそろ飛行機が出る」

「あ、うん。わかった」


 俺は里奈さんの肩を掴んで距離を取ると、柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、またいつか」

「…………」


 里奈さんの顔は浮かない。


 どうやって笑顔にしようか考えていると、ポツリと彼女は口火を切った。


「拓人くん」

「ん?」

「目、つぶって」

「え、こ、こう?」


 言われるがまま、まぶたを落とす俺。


 すると次の瞬間──。


「……ッ⁉︎」


 未知の衝撃が俺の全身に走った。


 父さんや母さん、里奈さんのお母さんが揃って驚嘆の声を上げる。


 里奈さんは俺の首に手を回し、俺の唇を容赦無く、これ以上ないくらい一生懸命に奪ってきた。


 俺はされるがままで、この衝撃に理解が及ぶ頃には、プシューッと頭から湯気を出していた。


「え、えへへ……。じゃあね、拓人く──って、ちょ、拓人くん⁉︎」


 里奈さんの慌てふためく声が聞こえる。


 俺はグルグルと目を回し、その場にペタンと座り込んだ。

 父さんが俺の頬をぺちぺちと叩く。


「お、おい、拓人。……ダメだ、キスの衝撃で飛んでる……」


 里奈さんのお母さんは動揺を露わにしながら。


「な、なにしてるの里奈! いきなり拓人くんにキスなんて!」

「だ、だってぇ」


 里奈さんの子供らしい声が聞こえてきたところで、俺の意識はプツリと途切れた。



 ★



「里奈さんにキスされた衝撃で、俺はどうやら記憶が飛んだみたいですね」

「……な、なんかごめん……。拓人くんが覚えてなかったの、私のせいみたいだね」


 里奈さんは苦い顔をしつつ、ポリポリと頬を指で掻く。


 今にして思えば、旅行のあと、父さんから里奈さんの話を聞いたりもした。

 けれど、里奈という単語だけでは思い出せず、今の今まで旅行での出来事を忘れていた。


「いえ、まぁ、こうして何年かぶりにこうして思い出せましたし」


 経緯はどうあれ、忘れていた記憶は取り戻すことができた。


 里奈さんのファーストキスの相手は俺で、俺のファーストキスの相手も里奈さんだったのか。


 我がことながら、マセた小学生だな……。


「というかこれ、吊り橋効果ですよね。俺、迷子の里奈さん見つけたくらいで。……なんかちょっと申し訳ないような」

「ううん。そんなことない。それに、最初はただ友達になろうって思っただけだったよ。けど、一緒に遊んでいるうちにすごく気が合って楽しくて、気づいたらもう……」


 ごにょごにょと両手を擦り合わせながら、小っ恥ずかしそうに言う。


 俺はもう我慢ならなくなって、里奈さんを思いっきり抱きしめた。


「ひゃぅ⁉︎」

「もう、マジで好きです、里奈さん」

「……っ。わ、私も拓人くんのこと、好きだよ」

「すぐに気がつけなくてすみません」

「うん……」

「これからはずっと一緒にいましょう。もう、離れたくないです」


 あのときは子供だったし、離れ離れになるのは仕方のないことだった。


 けど今は、違う。

 法律的には子供でも、自分一人で行動できるくらい成熟した。


 これからはいつだって、里奈さんの隣にいることができる。


「……そ、それって結婚とかも考えてるってこと?」

「嫌ですか? 俺は恋人で終わりたくないんですけど」


 この位置からだと里奈さんの顔は見えない。


 けど、体温がぐんと上がっているのは、密着しているからよく伝わってきた。


「子供は三人欲しいな」

「気が早いですね」


 そうツッコミを入れると、里奈さんは屈託もなく笑う。


 はぁ。

 こんな時間が、ずっと続けばいいな……。

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