第20話 過去編─前編ー
夏休み。
今年は海外旅行をしようと、父さんが企画して、あれよあれよという間に飛行機ではるか上空を移動した。
行き先は、ニューヨークである。
旅行の定番はハワイみたいだけれど、父さんが行ったことないという理由でニューヨークに行くことになった。そもそも海外に行くのは初めてなので、特に異論を出すこともなく、そのまま行き先が確定した。
そして今は、ビーチにいる。
澄んだ空に、青い海。
なにより、すらっとした体型で、主張の激しい胸をお粗末な布面積でしか隠していない人が大量にいる。
子供ながらに、これは目の保養──こほん。
目の毒だと思った。
「拓人、そろそろ母さんたちと合流するか?」
「んっ」
ひとしきり海で遊び、このビーチならではの絶景を堪能したところ。
俺は駄々をこねることもなく、コクリと頷く。
日焼けをしたくないという理由で、母さんと妹は別行動しているのだ。
父さんと二人でビーチを出ようとしている時だった。
「……ま、ママぁ……ゆいかぁ」
うろうろと砂浜を歩きながら、今にも泣き出しそうな女の子を見つけた。
直感的に彼女が日本人だと感じた理由は、肌色だろう。
彼女も十分に色白ではあるが、白人に比べると差が出てくる。
俺は父さんの手から抜け出すと、一目散に彼女の元に向かった。
「ねえ」
「ふぇ」
目の下を赤くしながら、こちらに振り返ってくる。
「迷子?」
「……そ、そうだけど」
俺の予想通り、迷子だったらしい。
父さんが少し遅れてやってくる。
「おい拓人。勝手な行動は──」
「父さん、この子、迷子だって」
父さんは俺から女の子へと焦点を移動する。
父さんは一瞬、動揺を見せるもすぐに冷静さを取り戻す。
膝を砂浜につけて目線を合わせると、語りかけるような口調で。
「お母さんか、お父さん、どこにいるかわかる?」
「わかんない……」
ひっぐ、と嗚咽しながら、弱々しく答える。
父さんは難しい顔をしながら、「ここって迷子センターあるのか?」と呟いていた。
俺は女の子の隣に向かった。
「ひゃっ」
手を握ると、尻尾を踏まれた猫みたいにビクッと身体を上下させた。
「な、なんで手、握るの……?」
「こうしておけば、もうはぐれないでしょ?」
「そ、そうだけど……キミ、何年生?」
「四年生」
「と、歳下……⁉︎ 私、来年から中学生なのに……私の方がお姉さんなのに……」
「ん、どーしたの?」
「な、泣いてないからね。私、お姉さんだから!」
キッと目尻を尖らせ、力強く宣言してくる。
なにやら怒っている様子で、意味がわからなかった。
ポカンと口を開けていると、父さんが口を開いた。
「名前、聞いてもいいかな」
「り、里奈」
「里奈ちゃんは、ずっとここにいた? それとも別の場所ではぐれた?」
「あ、あっちの方……」
女の子は、屋台がある方角を指さした。
「とりあえず、あっちの方に行こうか。拓人、里奈ちゃんの手、絶対離すなよ」
「うん」
父さんに言われ、こくりと頷く。
元々、離す気はないけど、その心配は要らなそうだ。だって、これ以上ないくらい強く手を握り返してきている。
一人でよほど怖かったのだろうけど、俺の骨を折りにきている強さだった。
「拓人って言うの?」
「うん。そっちは里奈でしょ」
「よ、呼び捨て……」
「ダメだった?」
「ダメというか、私、歳上なんだけど」
「じゃあ、里奈さん?」
「うん。それでいいんだよ、拓人くん」
なんだか偉そうだな……。
ともあれ、里奈さんと手を繋ぎながら、歩いていく。
大量に行き交う人。
父さんは都度、周囲の人に聞き込み調査をしていた。
父さんは日常会話程度の英語は話せるのだ。
「拓人くんのお父さん、英語話せるの?」
「うん」
「すごい……」
「そうでしょ?」
「拓人くんも話せるの?」
「え、まぁ、父さんに教えてもらってるし……は、話せるよ」
なんだかカッコつけたくなって、出来もしないことを言ってしまう。
「そうなの?」
「ああ、余裕だね」
「す、すごいね……。私なんか全然、もう四ヶ月もいるのに」
「四ヶ月? 夏休み長くない?」
「こっちに住んでるの。パ……お父さんの仕事の都合で」
「へぇ、そうなんだ……俺は旅行」
「そっか……。旅行……か」
てっきり俺と同じく旅行で来ているたと思っていた。
なんだか別世界の住人とあったみたいで感嘆の息を漏らしていると、甲高い声が俺の耳を刺激した。
「里奈!」
突如現れた、二十代後半くらいの女性が、里奈さんに抱きつく。
里奈さんは何が起きたかわからず、目を白黒させていた。
「え……。ま、ママ?」
「もう! どこ行ってたの! 勝手に動いちゃダメって言ってるでしょ」
「ご、ごめんなさい。綺麗な貝殻みつけて」
「はぁ、もう、ほんとよかった……」
安堵の息を漏らしている。
どうやら、里奈さんのお母さんは見つかったみたいだ。
父さんが胸をホッと撫で下ろしている。
里奈さんのお母さんは、父さんに向き直ると。
「ほんと、なんてお礼を言ったらいいか……」
「いえ、無事に合流できてよかったです」
声を掠らせながら、感謝を伝えている。
大人の会話を聞き流していると、ジーッと湿った視線を感じた。
雰囲気は異なるが、里奈さんと似た顔をしている少女。妹、だろうか。
俺と目が合うと、プイッと視線を逸らされた。
何か気を悪くさせることしたかな……。
ぎこちなく笑みを作っていると、里奈さんがクイっと俺の手を引っ張ってきた。
「あ、え、えっと、ありがとね。拓人くん」
「え? いや、里奈さんのお母さん見つけたの父さんだし、俺はなにも」
「ううん。その……頼もしかった。ちょ、ちょっとだけだけどね」
「そ? ならよかった。もう、迷子にならないようにね。こうやって手を繋いどけば大丈夫だから」
俺は優しく微笑み、迷子にならない方法をレクチャーする。
里奈さんはほんのりと頬を桜色に染めていた。
「里奈。帰るよ」
「あ、うん」
里奈さんが俺の手から離れる。
父さんがこちらにやってきた。
「お手柄だったな、拓人」
「お手柄?」
「あぁ、拓人が里奈ちゃんを見つけたから、無事に合流できたんだ」
「そっか、へへ」
それなら、ちょっとは誇らしくしてもいいかもしれない。
父さんに褒められて気を良くしていると、突然、背後からクイっと服を引っ張られた。
重心がずれる。
「た、拓人くん……!」
「え?」
振り返ると、ついさっき別れたばかりの里奈さんがいた。
また迷子かと思ったが、すぐ近くに里奈さんのお母さんと妹の姿がある。
「い、いつまでこっちにいるの?」
「一週間、だったはず」
チラリと父さんに視線を配る。
「ああ」と頷いてくれた。
「じゃ、じゃあ……明日、一緒に出かけよ! そ、その、今日のお礼というか、拓人くんに比べれば、ここらへんの土地勘はあるし……色々、案内できるかな、みたいな……」
パチパチとまぶたを開けたり閉めたりする俺。
俺は父さんと目を合わせた。
「父さん、明日、里奈さんと遊んでいい?」
「あぁ、拓人がそうしたいならいいぞ」
父さんの許可が降りる。
俺は里奈さんに向き直ると、
「じゃあ、また明日ね」
迷うことなく了承した。
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