第19話 元カノの姉とキスをした

「……勉強、やけに頑張ってんじゃん」


 期末テストまで残すところ二日に迫ったある日。


 受験勉強さながらのペースで勉強をしている俺に、唯香が話しかけてきた。

 ファミレスでの一件で、微妙な関係にはなっているものの、絶縁をしたわけじゃない。


 知り合い以上、友達未満といったところか。


「まぁな。いい点取りたいし」

「ふーん。……そっか」


 特にこれといって会話が盛り上がることもなく、俺は引き続き参考書に視線を落とす。


 唯香は頬杖をついて、退屈そうに窓の外を眺めていた。



 ★



 期末テストが終わった。

 里奈さんの力添えもあって、自分史上最大の手応えではあったものの。


「51位か。……逆にすごいね」


 結果は学年51位。


 50位以内のラインにはギリギリのところで達することができなかった。


 進学校なだけあって、数日で乗り越えられる甘い壁ではないみたいだ。


 とはいえ、


「いっそ、80位とかだったら諦めもつくんですけどね……」


 ちょっとしたケアレスミスがなければ、50位以内に届ける位置。


 それだけに悔しさは倍増していた。


 なにより、俺の頑張りが足らなかったせいで、里奈さんとの過去話もお預け。


 がっくりと肩を落としていると、里奈さんは微笑を湛えながら。


「ともあれ、拓人くんが頑張ってたのは知ってるし、昔の話してあげる」

「え、いいんですか?」

「うん。隠してもしょうがないしね」


 よかった。

 てっきり、このままはぐらかされるのかと思った。


 が、里奈さんはピンと人差し指を立てて。


「ただし」

「た、ただし?」

「今から私が言うこと一個聞いてくれたら、ね」

「えっと、なにすればいいですか?」


 里奈さんは顎先に指を置いて、ふわりと微笑む。


 薄桃色の唇から、囁くように告げてきた。


「キス」


 ドキッと、俺の心臓が知らない音を奏でた。


 たった二文字。

 けれど、俺の思考を頓挫させるには十分すぎる二文字だ。


「そ、それは、さすがに……」

「もう三週間くらい経ってるよ。私たちが付き合い始めてから」


 交際期間は順調に伸びている。


 期末テストがあったせいか、余計に時間が早く進んでいる気がするが。


 とはいえ、三週間経っているのは事実。

 そろそろしてもいいのか……? 


「里奈さんはいいんですか? そ、その、初めてはもっと記憶に残るシチュエーションの方がいい的な」


 俺は生唾を飲み込みつつ、恐る恐る切り込んだ。


 里奈さんの初めての彼氏は俺だ。

 当然、ファーストキスってことになる。


 現在地は、里奈さんの部屋。


 ファーストキスの場所として相応しくないわけじゃないが、初めてなら、もっとシチュエーションは凝った方がいいような──。


「え? あーいや、私、キスするの初めてじゃないよ」

「は?」

「だから初めてじゃない。キスしたことあるよ」

「え、いや、う、嘘ですよね?」


 俺はあわあわと動揺を剥き出しにしながら、情けなく問いかける。


 付き合う前のことを一々掘り起こしたり、責め立てる気はないんだけれど。


 ただそれでも、考えたくない想像をしてしまう。


 くっ……。

 俺の心ってこんな狭かったのか。


「こんな嘘吐いてもしょうがないじゃん。もう、とっくにファーストキスはあげてるよ」

「お、お父さんにあげた的な感じですか? 家族相手はノーカンかと思うんですけど」

「ううん。好きな男の子に」

「……そうっすか」


 ぐんぐんとテンションを落としていき、額に縦線を入れて落ち込む俺。


 まさか、こんなにショックを受けるとは自分でも思っていなかった。


 まぁ、俺だって唯香とキスくらいしたことあるわけで。

 里奈さんには初めてであってほしいと願うのは、お門違い。


 くそ、ただどうしたってムシャクシャする……。


「ね、キスしてくれないの?」

「……します。俺で上書きしてやりますから」


 里奈さんのファーストキスを奪ったのは、どこの馬の骨だろうか。


 おそらく小学生時代の話だとは思うのだけど。


 って、うだうだ考えても仕方あるまい。


 俺は里奈さんの肩に両手を置く。


「拓人くんが私にキスしても、上書きにはならないと思うよ」

「こ、こういうのは気持ちの問題なんです」

「や、そーじゃないんだけど」

「……?」


 里奈さんの言っていることがよく伝わらない。


「まぁ、後でちゃんと話してあげる」

「はぁ」


 俺が難しい顔をする中、里奈さんはそっとまぶたを落とした。

 平気そうな顔をしているが、顔は真っ赤だ。耳や首まで赤い。


 人種が違うと言われても、今だけは納得の肌色をしている。


 俺も覚悟を決めると、顔を近づけていった。


 心臓がバクバク言っている。

 けれどこういうとき、怖気付いてはいけない。


 だから、今一度、身を奮い立たせてゼロ距離まで詰めた。


 唇と唇が接触する。

 緊張からか、里奈さんの唇が硬くなっている。


 けれど、接触を続けていくうちに里奈さんの肩の力が抜けていった。


 ただ触れ合うだけ。

 さすがに、それ以上はまだできない。


 段々と心が満たされていく中、

 里奈さんは俺の首の後ろで両手を組んで、さらに密着してきた。


 やば……。

 これ以上は、理性が……! 


 あれ? 

 というかこの感覚、前にも──。


 と、すっかり酸欠になっていることを思い出す。


 上体を後ろに引くと、キスを中断した。


「い、いきなり長くないですか」

「た、拓人くんがやめないから」

「里奈さんがやめさせてくれなかったんです」

「そういう責任転嫁よくないと思うなー」


 里奈さんが胡乱な眼差しを向けてくる。


 俺は上気した頬を隠すように口元を右手で覆いながら。


「あ、というか、その」

「ん?」

「やっぱり俺、昔の話は聞かなくていいかもです」

「え? いいの?」

「ええ、だって思い出しましたから」


 そう、あれは──俺が小学四年生の頃の話だ……。

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