第15話 約束
里奈さんに手を繋がれたまま、正門を抜ける。
里奈さんはぷっくらと頬を膨らませながら、不機嫌さを滲ませていた。
「あ、あの……」
「なに?」
恐る恐る声を掛ける。
里奈さんの声色がいつもより冷たかった。
俺はわずかに慄くも、一度呼吸を整えてから。
「すみませんでした」
「それは、なにに対しての謝罪かな?」
「唯香が、俺に彼氏役を頼んでくるなんて微塵も考えてもなくて。大前提として、内容もきちんと聞かないまま、頼みごと安請け合いするなんて間違ってました」
「うん。私もそう思う」
自分の浅はかな行動を俯瞰的に見て、俺は生唾を飲み込む。
里奈さんがこないで、あのまま唯香に付いていっていたらどうなっていただろう。
「拓人くんはさ、頼られるの好きでしょ?」
里奈さんはピタリと足を止めると、身体ごとに俺に向けてきた。
赤みがかった黒髪が揺れ、大きく開かれた瞳に俺を映している。
「うっ……」
「キミのことは見てたからわかるよ」
「は、はい。里奈さんの言う通りです。頼られると応えたくなります」
頼りにしてもらう。
それだけで、自分に価値がある気がして、気合が入ってしまう。
我ながら随分と困った性格だ。
「私はいいと思う。拓人くんのそういうとこ好きだしね」
「……っ。そ、そう……ですか」
ど直球に好意をぶつけられ、俺の頬に朱が注がれる。
もう、ほんと……ストレートで投げてこないでほしい。変化球使われても困るけど。
「ただ、今回みたいなのはもうナシね。さすがに、拓人くんが他の子の彼氏役になってほしくない。相手が妹だからってそれは同じ」
「はい。肝に銘じておきます」
「うん! なら許してあげる」
「ちょ、ちょっと里奈さん……⁉︎」
里奈さんは笑顔を取り戻すと、グイッと距離を縮めてくる。
俺の腕に絡みついてきた。
きめ細かい髪が俺の頬を優しく撫でてくる。
「彼女の特権でしょ、こういうの」
「そ、そう、ですけど」
付き合っている彼女でなければ、こんなスキンシップは容認できない。
ただ、今は下校ラッシュだし、なにより学校近辺。
要するに、ウチの学校の生徒がうじゃうじゃいるわけで。
なにが言いたいかといえば──。
「あの野郎! どうやって月瀬さんをオトしやがったんだ⁉︎」
「三年の男子、ほぼ全員が告白して玉砕してるってのに」
「なにもんだよ、あの一年」
「妹の方とつい先日まで付き合ってマジか?」
「地獄に堕ちろ」
ひどい……。
ウチの高校の男子、ロクなやついないのかな……。
鋭利な視線の槍が、次から次へと俺の刺してくる。
「目立つの嫌?」
野次馬の声は里奈さんの耳にも届いていたのか、里奈さんが困ったように聞いてくる。
この現状は決してもいいものとはいえないが。
「いえ、見せつけてやりましょう。俺の里奈さんに手を出す男が出ても困りますし」
覚悟を決めると、俺は堂々と歩き出すことにした。
弱腰な態度で、隙を見せるわけにはいかない。
里奈さんはモテるのだ。
野次馬の話を鵜呑みにするなら、同学年のほとんどの男子から好意を寄せられている実績がある。
当然、里奈さんに彼氏ができた今も、ワンチャンを狙っている男はいるだろう。
里奈さんを奪われないようにするためにも、堂々としているべきだ。
それに、ウジウジしていたら男らしくないしな。
「……えっと、どうしたんですか?」
「や、べ、べつに」
赤い顔をしてうつむく里奈さん。
自分から迫ってきたのに、今になって恥ずかしくなってきたのか?
「顔、赤いですけど。熱あったりします?」
「ひゃっ⁉︎ だ、大丈夫だから! ほんと、全然!」
試しに額を触ってみると、かなり熱かった。
里奈さんは芸人みたいに大きなリアクションを取って、俺の手から逃れる。
「えっと、本当に大丈夫ですか?」
「拓人くんがいきなり、『俺の里奈さん』とか、言うから……」
「え?」
「なんでもない!」
ごにょごにょと聞き取りにくい声で何かを言う里奈さん。
「俺の里奈さん、ですよね。だって付き合ってますし」
「うっ……今の聞こえてたんだ。キミってほんと意地悪……」
「今のは意地悪したつもりないんですけど」
「ふん、もう知らない。今日は嫌ってほど勉強させるから」
「ま、まじすか……」
「私の拓人くんに赤点取らせるわけにはいかないしね」
はぁ……。
もう、ほんと可愛いなこの人。
俺の頬が自然と綻んでしまう。
「今日はファミレスでもいきますか? 昨日、ちょうどバイト代が入ったので」
「おっけ、行こっか」
「勉強教えてもらってるお礼に、今日は奢りますね」
「気持ちは嬉しいけど、奢るとかはやめとこ?」
「そうですか? 遠慮しなくていいんですけど」
「うん。その代わり、私の誕生日にいいもの頂戴」
「うわ、ハードル上げてきたな……」
「えへへ」
頬をだらしなく綻ばせる里奈さん。
これは相当いいものをあげないとダメそうだ……。
「というか、里奈さんの誕生日って」
「十二月十八日だよ」
今が六月の二十六日だから、大体、半年後か。
かなり先だな……。
「だから……別れたくない、な」
「あ、当たり前です。絶対、里奈さんが驚くようなすげぇ誕生日プレゼントあげますから!」
「ほんと? 約束だよ?」
「はい」
半年後もこの関係を続けて、里奈さんに誕生日プレゼントをあげよう。
そう、固く誓う俺だった。
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