第14話 姉妹喧嘩

「──拓人に、あたしの彼氏役をしてほしいの」


 パチパチと、まぶたを開け閉めする俺と里奈さん。


 その突飛な頼みごとは、思考をしばらくフリーズするには十分すぎるものだった。


 全く想像していなかった……。


 意表をつかれるにも程がある……。


「え、えっと、彼氏役? 何、言ってんの?」

「言葉の通り、拓人にあたしの彼氏役をしてほしいの」

「元カレに頼むことか、それ」

「拓人にしか頼めないから、こんなこと」

「いや、できるわけないだろ……。俺、里奈さんと付き合ってんだぞ」

「拓人ならやってくれるよ……」


 唯香は居心地悪そうに首筋を指で掻きながら、ポツリと漏らす。


 と、里奈さんが横槍を入れた。


「そんなこと、私が許すと思う?」

「なんでお姉ちゃんの許可がいるの?」

「私が拓人くんの彼女だから」

「付き合えって言ってるわけじゃないじゃん、ただ彼氏のフリをしてってお願いしてるだけ」

「そんなの快諾する女、どこにいるのかな」

「んー、探せばいるんじゃない?」


 ピキッと、里奈さんの額に青筋が立つ。


 表情が崩れ出した。


「とにかく、拓人くんに彼氏役なんてさせないから。他の人にあたってくれるかな」

「なんでそこまでお姉ちゃんが決める権利あるわけ? 大体、拓人と付き合ったのだって、あたしの存在があったからじゃん。横取りしといて、偉そうにしないでくんない?」


 唯香にスイッチが入る。


 声のトーンが上がり、口調は早くなっている。


 さすがにマズイと思い、口を挟むが。


「ちょ、落ち着──」

「拓人は黙って」


 だめだこれ。


 口を出すと、余計にひどくなるやつだ……。


「横取り? 勝手に手放したのは唯香だよね」

「別れてすぐ付き合ったりする時点で、横取りする気満々じゃん」

「論点ずらさないで。私は、拓人くんと唯香のこと応援してた。別れてほしいなんて思ったことない」

「綺麗事なら誰だって並べられるでしょ」


 言い合いはヒートアップしていく。


 周囲の目など気にも留めていない。


 特に唯香は、理性が欠落し、発する言葉のブレーキが効かなくなっていた。


「どうしてそう捻くれた解釈しかできないかな」

「てか、こんな話がしたいんじゃない。拓人のこと、ちょっとあたしに貸すくらい我慢しなよ。あたしの恩恵受けてるんだから」

「恩恵……? 何、その言い方」

「だってそうでしょ、あたしがいたから、お姉ちゃんは拓人と付き合えたんだから」


 里奈さんは下唇をギュッと噛み締め、黙り込む。


「図星だから黙るんだ?」


 唯香が里奈さんを挑発する。


 さすがにこれは、まずいな──。


「唯香、さすがにちょっと言い過──」

「いいよ、大丈夫。拓人くん」


 俺の声を遮る里奈さん。


「なに? 言いたいことあるならいいなよ」

「私、知ってるから」

「は?」

「最初に拓人くんのこと横取りしたの、唯香でしょ」

「な、なに言ってんの?」

「私が拓人くんのこと好きなの知ってて、私に対する嫌がらせで拓人くんと付き合ったんでしょ」

「……て、適当なこと言わないで。そんなの違う! あたしは、そんなつもりで、拓人と付き合ったわけじゃ──」


 唯香の歯切れが悪くなる。


 挙動がおかしくなっていた。


 里奈さんは決意を瞳の中に宿すと、物怖じしないハッキリとした口調で告げた。


「お姉ちゃんだからって自分に言い聞かせてなんでも妹に譲るの、もうやめることにしたから。これからは、私のしたいようにする」


 唯香は目を見開き、息を呑んだ。


「行こ、拓人くん」


 俺の手をギュッと握り締め、里奈さんは歩き出した。


 引っ張られる形で、俺も教室を後にする。

 唯香は呆然と、ただただ呆然と、その場で立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る