二章
第13話 元カノからの頼みごと
「ねぇ、拓人」
「ん?」
放課後を迎え、帰宅の準備を進めているときだった。
後ろの席から声がかけられる。
振り返ると、頬杖をついた唯香と目があった。
「ちょっと頼みたいことあるんだけど、い?」
「内容によるな」
「今は言えない」
「なんだよそれ」
俺は眉根を寄せて、難しい表情を浮かべてしまう。
期末テストは目前に迫っているし、勉強に時間を割きたいところ。
内容も言えない頼みごとを受ける気は起きなかった。
「悪いけど、別の人に──」
「拓人にしか、頼めない……」
唯香は憂いを帯びた瞳で、俺を捉える。
唯香はあまり、人に頼ることをしない。
並大抵のことは自分一人でこなせてしまうスペックがあるし、頼ることを恥ずかしいと思っているきらいがある。
そんな唯香が俺に頼むのだから、相応に込み入った内容なのだろう。
俺はガシガシと後頭部を掻くと。
「……今回だけだからな」
「うん。あんがと、拓人」
唯香はわずかに頬を綻ばせて、感謝を告げてくる。
俺はスマホを操作して、里奈さんにチャットを送った。
『すみません、今日は一緒に帰れなそうです』
すぐに返信がくる。
『どうして?』
『唯香に頼みごとされまして。詳細は教えてくれないんですけど、判明したらちゃんと言います』
途端、返信がこなくなる。
怪訝にスマホを見つめていると、ドタバタと忙しない足音が迫ってきた。
おっと。
俺の彼女、廊下を全力疾走していらっしゃる……。
「ぜぇ、ぜぇ……はあ」
ハーフマラソンをした直後くらい息を切らしながら、里奈さんがやってきた。
「お、お姉ちゃん? なに、そんな急いで──」
「拓人くんをどうするつもり? 唯香」
里奈さんは呼吸を整えながら、唯香に視線を送る。
唯香はわずかに息を呑むと。
「お姉ちゃんには関係ない。行こっ、拓人」
「あ、おい……」
プイッとあさっての方を向いて、俺の手を引っ張ってくる。
里奈さんは目の色を変えて、唯香の手を俺から引き剥がした。
「私の彼氏に、勝手に触らないでほしいな」
「たかが数日付き合っただけで、よくそんなに彼女ヅラできるね」
「付き合っている期間とか関係あるのかな。今、拓人くんと付き合ってるのは私。もちろん彼女ヅラするし、勝手に触られたくない」
「わぁ、お姉ちゃん束縛つよ」
「彼氏が他の子と手を繋いでるのを容認する方がどうかしてると思うな」
「あたしはもう、数えきれないくらい拓人と触れ合ってるけど。別に今更じゃない?」
「過去のこととかどうでもいい。今の話をしてるの」
「……うざ」
口喧嘩が勃発しそうな雰囲気が立ち込める。
俺はじんわりと汗を蓄えながら、二人の間に割って入ることにした。
「え、えっと……。ちょっと落ち着いた方が」
口火を切ると、視線の矛先が一気に向かってくる。
「拓人くんって、まだ唯香に未練あるんだ? てっきり、もう完全に私に切り替えてくれたと思ってたのに」
「い、いや、違くて。俺はただ唯香から頼みごとを受けただけというか」
唇をムッと尖らせて、ジト目で睨んでくる。
狼狽していると、唯香が横から口を挟んだ。
「そーだよ。ただの頼みごと。お姉ちゃん、気にしすぎだから」
「気にしない方がおかしいでしょ。大体、私の拓人くんに頼みごとってなに?」
「うわぁ……私の、とか言っちゃうんだぁ……」
「文句あるの?」
「べつに」
「じゃあその態度やめてくれない?」
視線で火花を散らし、険悪な空気を醸し出す。
その原因の一端を俺が担っている事実に、心が苦しかった。
「り、里奈さんもこう言ってることだし、頼みごとの内容を教えてくれないか?」
このまま話していても平行線。
本題の方に話題を移行させる。
唯香は視線を落とすと、わずかに逡巡を巡らせてから頼みごとの内容を明かした。
「──……拓人に、あたしの彼氏役をしてほしいの」
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