第12話 ぎゅーってして
里奈さんと付き合い始めてから、早いもので五日が経とうとしてた。
あれ以降、唯香は、俺と里奈さんがどこで何をしているのか直接聞いてくるような真似はしてこなくなった。
別れているのだからこれが本来あるべき姿なのだけど、唯香の心情的にはまだスッキリとはしていないような印象を受ける。
ともあれ、元カノのことを気にしていても仕方がない。
ちなみに今は──。
「美味しい?」
「はい。最高です」
体育館裏にて、一緒に昼食を取っていた。
里奈さんの手作り弁当を食べている最中だ。
ちなみに、わざわざ食べさせてもらっていたりする。
傍から見る分にはバカップル同然……いや、バカップルそのものだ。
体育館裏という人気のないスポットを選んでいるのも、これが理由だ。
食堂で食べようものなら、周囲からどんな目で見られるかわかったものじゃないしな。
「しかし、慣れてきちゃったね」
「もう三日目ですしね」
里奈さんには三日連続でお弁当を作ってきてもらっている。
最初こそ、ウブな空気を蔓延させていたが、三日目ともなると慣れてくる。
お弁当を食べさせるのも、食べさせてもらうのも、案外そつなくこなせてしまう。
「でも、こーゆうの楽しいからずっとやりたいな」
「はい。……でも、さすがに大変じゃないですか? 毎日弁当作ってくるの」
俺はあまり料理をしないから、具体的にどのくらいの労力が支払われているのか想像がつかない。
けれど、里奈さんの作ってくれる弁当はどれも手作りで、手の込んだものが多い。
弁当を作ってくれるのは嬉しいが、それが負担になってないか心配だった。
「料理するのは好きだし、ヘーキだよ。それに、拓人くんが美味しいって言ってくれるし」
「ならいいんですけど。無理はしなくてくださいね」
「ん。大変になったら言うね」
「はい。あと、それから何か俺にできることありますか? いつも弁当作ってもらうだけじゃ、申し訳ないっていうか」
「気にしなくて大丈夫だけど……でも、じゃあ、そうだな。拓人くんに一個お願いしよっかな」
「なんですか?」
俺はこてんと首を傾げる。
里奈さんはイタズラを考えた子供のような笑みを浮かべて。
「ぎゅーってして」
数秒、固まる俺。
里奈さんは、パッと両手を扇型に開いて俺を迎え入れる準備を始めている。
「なッ……さ、さすがに、進みすぎじゃない、っすか……」
「そうかな。キスしようって言ってるわけじゃないし」
「そ、そーっすけど」
「ん、はやくはやく」
里奈さんは体を小刻みに揺らして、俺がくるのを待ち遠しそうにしている。
ま、まぁ……付き合って、五日目だしな。
ハグくらい、してもいいか。
なにより里奈さんがそれを求めている。
ここで、俺がヘタレを発動して、うやむやにする訳にはいかない。
ごくりと、口の中に溜まった唾を飲み込む。
里奈さんの背中に手を回し、体を密着させた。
里奈さんも、俺の背中に手を回してくる。
こつんと、俺の肩に顎を置かれ、甘い香りが充満した。
り、理性が飛びそうだ……。
「こ、これでいーですか?」
「うん。大満足」
「ならよかったです」
「拓人くんってあったかいんだね」
「そりゃ生きてますからね。というか、里奈さんに関しては熱いレベルなんですけど。熱とか出してたりしませんか?」
「えへへ、熱出しそうなくらい恥ずかしい……」
ハグの構造上、里奈さんの顔は伺えない。
けれど、茹でたタコより真っ赤な顔をしているであろうことは容易に想像がついた。
くっ……。
さらに顔が熱くなってきた……。
「これからは、色々と経験させてあげます」
冷静な思考力が雲隠れして、理性が弱まっていく。
そのせいか、柄にもない発言をしてしまった。
里奈さんはピクっと肩を上下させると。
「……っ。うん……色々教えてね?」
はぁ、どうしよ……。
この人、本当に可愛い。
自分からハグを求めてきたくせに、俺以上に照れているとことか、好きすぎてやばい。
ああ、もう、語彙力も終わってきた……。
段々と、自分が馬鹿になっていくのがわかる。
そのせいか、思ったことをそのまま口に出してしまった。
「絶対、絶対幸せにしますから……。勝手にどっか行ったりしないでください」
こうして密着していたからこそ、そんな感情が湧き上がってきた。
手放したくない。
俺から離れないでほしい。
そう、切実に感じた。
里奈さんは声のトーンを一オクターブ落とすと。
「うん。私は、拓人くんから離れたりしないよ。絶対に」
俺はホッと安堵して、さらに里奈さんに体を密着させた。
「約束ですよ」
「ん。約束」
里奈さんの声色が優しくて、俺の心は満たされていた。
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