第11話 元カノの姉とイチャイチャしたいから、邪魔しないでほしい
「入っていいか?」
『YUIKA』のドアプレートが貼り付けられた部屋の前。
トントン、と軽めに二回ノックする。
数秒の沈黙を経てから、中から返事が返ってきた。
「いーけど」
それを合図に、俺はドアノブを引く。
唯香は枕を抱え込んで、ベッドの上で体育座りをしていた。
回りくどいやり方をするつもりはない。
単刀直入に俺は切り出す。
「さっきみたいなこと、やめてほしい」
唯香はわずかに目を見開くと、動揺を瞳の中に宿した。
「さ、さっきみたいなことって?」
「扉の前で盗み聞きしてたんだろ?」
もし、偶然近くを通りかかったタイミングに、里奈さんが扉を開けたのだとすれば、ぶつかるのは手や肩のはずだ。
しかし唯香は額を押さえていた。
それは要するに、扉に顔を近づけ、耳をそばだてていたことを暗に示している。
「してない……」
「惚けるのは勝手だけど、今後はやめてほしい」
別に事実確認をしたいわけじゃない。
今後、同じマネをしてこないのであれば、それで十分だ。
「……い、意味わかんない。拓人、あたしのこと好きなんじゃないの?」
唯香は枕で顔を隠しながら、目元だけひょっこりと覗かせてくる。
「その質問、目的がわかんないんだけど」
「目的、とかじゃなくて」
「仮に、唯香のことが好きだとして、なんなの? 唯香とはもう別れてるし」
「……少しくらい、未練あってもいいじゃん。そんなにすぐ切り替えられるのヤダ」
枕にくぼみができるくらい強く抱きながら、唯香はポツリとつぶやく。
「話にならない」
「……っ」
唇を引き締め、肩に力を入れる唯香。
「俺、自分でもビックリするくらいの速度で、里奈さんのこと好きになってるんだ」
「……なに、それ」
「出来ることなら、このまま里奈さんと恋人としてステップを踏んでいきたいって思ってる」
「…………」
うつむき、言葉に詰まる。
そんな彼女に釘を刺すように、俺は容赦無く告げた。
「だから、俺たちのことは放っておいてほしい」
唯香の肩が上下する。
焦点が定まらず、動揺を露わにしていた。
「拓人だけ、ズルい……」
「は?」
うっすらと涙を目に浮かべながら、唯香が恨めしそうに俺を睨む。
そのセリフに納得がいかず、俺は頬を歪めてしまう。
「出てって」
「え? いや」
「出てって!」
「お、おお……」
唯香が枕を投げてくる。
ポスン、と俺の腹部のあたりを直撃した。
彼女の気迫に気圧される形で、俺は部屋を後にする。
言いたいことは言えたけれど、これで大丈夫だろうか?
とはいえ、これ以上刺激してもロクなことはない。唯香と付き合ってきた経験則からよく理解していることだ。
俺は踵を返すと、里奈さんの部屋に戻った。
部屋に戻ると、里奈さんがすでに腰を据えていた。
テーブルには紅茶が二つ置かれている。
「な、なんか唯香荒れてた気がするんだけど、大丈夫そう?」
「多分、大丈夫です。特に怪我している様子もなかったですし」
「ならいいんだけど。ってか、なに話してたの?」
「俺と里奈さんのことを邪魔しないでほしいって伝えました」
「へ?」
「ダメでしたか?」
「う、ううん……嬉しい……」
里奈さんは俯き加減に、恥ずかしそうに胸の内を漏らす。
そのウブな態度がやけに可愛くて、俺の頬も次第に赤らんでいく。
その後、18時くらいまで勉強を教えてもらい、今日は解散になった。
俺の釘刺しが効いたのかはわからないが、唯香が盗み聞きしている様子もなかった。
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