第9話 一緒にいるのが楽しい

 放課後になった。


 身支度を整えていると、後ろの席に座る唯香が口火を切る。


「あ、あの、さ……拓人」

「ん?」

「一緒に……」

「ん?」

「や、やっぱ、なんでもない!」

「そうか? じゃ、またな」


 俺はスクールバッグを肩にかけて、教室の外へと向かった。


 今日は一日通して、唯香の様子がおかしかったな。

 付き合っている頃以上に、俺の動向を気にしていたし、煮えきれない発言をすることも多かった。


 ふと、ある可能性がよぎる。


 さっきの、まさか一緒に帰ろうって言おうとしたのか? 


 いや、唯香から振っておいて、それはないか。

 そもそも、唯香には新しく彼氏ができた疑惑があるしな。


 ちなみにだが、俺からあの男の件を唯香に問い詰める予定はない。


 別れてしまった以上、俺の管轄外。

 元々、詮索するのは好きじゃないし。


 唯香の方から公言してこない限りは、このまま見なかったことにしておく予定だ。



 昇降口を抜けると、すぐにある花壇のところに里奈さんが待っていた。


「遅かったね」

「HRが少し長引いてしまって」


 彼女は俺を見つけると、ふわりと微笑み隣にやってくる。


「帰ろっか」

「はい」


 里奈さんは肩が当たる距離まで詰めてくる。


 相変わらず、パーソナルスペースが驚くほど狭い。

 ちらほらとコチラに降り掛かってくる視線の雨。殺気のようなものも混じっている。


 俺はごくりと生唾を飲むと、里奈さんの右手をそっと握った。


「……た、拓人くん?」

「手、繋いだらダメでしたか?」

「や、いいんだけど……。もっと人目とか気にするタイプだと思ったから」

「気にしたところで無駄な気がするので。それに、牽制の目的もありますし」


 俺が何もせずとも、里奈さんはグイグイくる。


 距離感がバグっているから、俺と里奈さんが付き合っていることは隠しようがない。


 ならいっそ、発想の転換だ。

 見せつけるように手を繋ぐことで、里奈さん狙いの男子を牽制する。


 付け入る隙を見せないようにするのだ。


「牽制……?」

「里奈さんが他の男に取られないように」


 途端、里奈さんはかあぁぁっと顔に朱を注いでいく。


 俺から視線を外すと、弱々しく俺の手を握り返しながら。


「……っ。だ、大丈夫だよ。私、拓人くん以外に興味ないし」


 男心をくすぐる発言。ドキッとさせられる。


 けれど、俺はその言葉を鵜呑みにすることはできなかった。


 少なくとも、唯香は違ったからだ。


 ある日、突然、俺から興味を無くし、別れを告げてきた。


 どういった心情の変化が起こるかわからない。


 もう、同じ道は辿りたくない。


「というか、そんな調子でヘーキ? もしかして、もう唯香より私のこと好きになってたりして?」


 里奈さんは俺を揶揄うように、そんな問いを投げてきた。


 俺は微笑み返すと。


「はい。好きですよ、里奈さんのこと」

「ふぇ?」

「まだ、完全に割り切れたわけじゃないです。けど、ちゃんと里奈さんに惹かれていっていることは自覚しています。だいぶチョロいですね、俺」

「……そ、そうなんだ」


 俺の返答が予想外だったのか、里奈さんの勢いがなくなる。


 ぽしょりと消え入りそうな声で呟き、耳や首まで赤みを伝染させていた。


「だから、唯香とヨリを戻させようとか、気にしなくていいです」

「い、いいの? 唯香とやり直せるなら、やり直したいんじゃ──」


 里奈さんが不安を帯びた瞳で、躊躇い気味に切り返す。


 俺の切り替えが早いのか、里奈さんの存在が大きかったのかはわからないが、唯香への気持ちは段々と遠ざかっている。


 もっと言えば、

 里奈さんに対する想いが強くなっていくにつれて、唯香への気持ちが冷めている。


 改めて、唯香とやり直したいかと聞かれると、素直に首を振れない状態。


「俺、里奈さんといると楽しいんです。波長が合うというか。今のこの状態を手放したくない気持ちの方が強いです」

「そ、そーゆうのずるい……」

「え?」

「そんなこと言われたら嬉しくて、拓人くんの顔みれない……」


 ウブな反応をみせ、羞恥する里奈さん。


 積極性はあるけれど、受け身になるのは慣れていないようだ。


 どうしよ、めっちゃ可愛い……。


 俺は前屈みになると、里奈さんの顔を下から覗き込んだ。


「ひゃっ、ちょ、無理やり目を合わせないで!」

「里奈さんって意外とからかいがいありますね」

「……い、意地悪だよね、キミ……」

「誰にでも意地悪なわけじゃないですよ」

「ふーん」


 里奈さんはわざとらしく鼻を鳴らす。


 態度こそ素っ気ないが、俺の手を握る力が強まっている。嬉しいのかな? 


 なんとなく、尻尾を振っている犬みたいに見えて、俺の頬が緩んでしまう。


「あ、そうだ。里奈さんって、勉強得意ですか?」

「学年順位は一桁しか取ったことはないかな」

「め、めっちゃ頭いいじゃないですか」

「そ? えへへ」


 破顔する里奈さん。

 俺は少し居住まいを正して。


「じゃあ、そんな里奈さんにお願いなんですけど、テスト勉強付き合ってくれませんか?」

「あ、そろそろ期末だもんね」

「はい」

「いーよ。どこでやる?」

「いえ、今日じゃなくて大丈夫です。近々って意味で言ったんですけど」

「でも、早い方がよくない?」

「それは、そうですけど……」

「なにか問題あるの?」


 歯切れ悪く返事をすると、すかさず里奈さんが詰めてくる。


「今日、母親が友達呼んでて……俺の部屋は使いにくいなと。最近、ちょっと金欠気味なので、ファミレスとかカラオケも避けたいですし……」

「それなら、私の部屋でやる?」

「え、いいんですか?」

「もちろん」


 里奈さんは快諾してくれる。


 かくして、放課後は里奈さんの部屋に行くことになった。

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