第5話 元カノと今カノ(元カノの姉)が対面して、ちょっと修羅場?

「えっと、なんで拓人がいるの?」


 唯香は柳眉を中央に寄せると、怪訝な目で問いかけてくる。


 緊張感を孕んだ空気。

 里奈さんは硬直していた身体を弛緩させると、柔和な笑みを浮かべた。


「拓人くんに家まで送ってもらったの」

「ふーん、ちょっと意外かも。お姉ちゃんと拓人って仲よかったっけ?」


 小首を傾げて、唯香は不思議そうに質問を投げてくる。


 これまで、俺と里奈さんは唯香という仲介役がいなければ関わることはなかった。

 道ですれ違っても挨拶する程度の関係性。


 唯香がそう疑問を覚えるのは、当然といえば当然だった。


 ここで適当な言い訳を作ることは容易だ。

 けれど、別に悪いことをしているわけじゃない。


 俺は、真っ直ぐ唯香の目を見据えながら。


「実は、里奈さんと付き合うことになったんだ」

「ん……え? ごめん、もっかい言って?」

「里奈さんと付き合うことになった。だから、家まで送ってきた」

「なにそれ……やば、整理つかないや」


 唯香は難問にぶつかったような顔をして、額を右手で押さえる。


 頭上には無数の疑問符が浮かんでいるようにみえた。


 困惑する唯香を追撃するように、里奈さんが続ける。


「唯香。拓人くんのこと振ったんでしょ?」

「……そう、だけど」

「なら、拓人くんは私がもらっちゃってもいいよね?」

「…………」


 微笑を湛えながら、凛とした口調で里奈さんは告げる。


 唯香は顔を上げると、下唇をわずかに噛んだ。

 うんともすんとも言わず、黙りこくっている。


「自分からいきなり振っておいて、拓人くんが誰かに取られるのは嫌なの?」

「……ううん。別れた以上、当人の自由だし、勝手にしたらいいと思う」

「そっ。なら勝手にするね」

「ただ」


 唯香は俺に視線をぶつけてくる。


 機嫌を損ねているのは、直感的に感じ取れた。

 鋭く俺を睨んでくる唯香に、俺はひるんでしまう。


「な、なんだよ」

「私に対する腹いせのつもりなら、こんなことしたって意味ないから」

「は?」

「私がいきなり振ったのが気に食わないから、お姉ちゃんと付き合ったんでしょ」


 勝手な思い込みをする唯香。


 振られたことに関して、納得はできていない。けれど、腹いせなんかじゃない。


「違う。俺はそんなつもりじゃ──」

「ちょっと幻滅した。こんな簡単に、新しく彼女作るんだ」


 唯香は冷めた目で俺を捉え、肩をすくめる。


 なんで、そんな言い方されなきゃ、いけないんだよ……。


 お前だって、さっき別の男と一緒に歩いてただろ。


 新しい彼氏と確定したわけじゃないが、その線は濃いと思う。


 その件を抜きにしたって、こんな言われ方をされるのは納得いかない。


 唇を噛み締め、視線を下げる俺。

 と、背中に俺を隠すようにして、里奈さんが立ち塞がった。


「それはいくらなんでも、自己中が過ぎてない?」

「は?」

「唯香は自分の意志をぶつけるだけぶつけて、拓人くんと相談すらせず、強引に恋人関係を解消したんでしょ」

「だったらなに?」

「その上、拓人くんにはある程度の期間、新しく彼女を作らないよう求めるの? そこまでの権利、唯香にある?」

「……あ、あたしはただ、幻滅したってだけで」


 唯香は視線を左右に泳がせながら、ごもごもと口籠る。


 その隙を、里奈さんは見逃さなかった。


「それって、まだ拓人くんに未練があるってこと?」

「そ、そうじゃない。未練なんか、ない……」

「なら、幻滅するのおかしくない? 期待しているから、幻滅するんじゃないの?」

「……う、うるさいな! いつもいつも、あたしのこと説教しないでよ!」


 唯香はプツンと糸が切れたみたいにエンジンがかかり、激昂する。


 その気迫を前にして、俺も里奈さんも身をすくめる。


「あたしの気持ち知らないくせに……」

「い、言ってくれなきゃわかんないでしょ?」

「言ったって仕方ないでしょ! あたしはいっぱい考えた。その上で、拓人とは別れたの!」

「ゆ、唯香……」


 鬱憤をぶちまけるように咆哮する。


 近所迷惑など度外視で、ただただ胸のうちに蓄えたものをぶつけていた。


 唯香は頬をゆがめると、バッグを背負い直し、スタスタとどこかに向かっていく。


「ど、どこ行くの……?」

「コンビニ。ってか、一々あたしの行動気にしないでよ」


 攻撃的な態度で、威圧的に答える唯香。


 俺と里奈さんは、それ以上なにも言えず、後ろ姿を目で追うことしかできなかった。


「あ、あはは……。唯香のこと、怒らせちゃった」

「で、ですね」

「ごめんね」

「どうして里奈さんが謝るんですか?」

「完全に逆効果になった気がするから……。唯香の嫉妬心をうまく煽ろうとは思ったんだけど……」


 こめかみのあたりを指で掻きながら、里奈さんは困ったように笑う。


「あぁ……そういえば、それが目的で里奈さんと付き合ったんでしたね」

「忘れるの早くないかな?」

「すみません、色々と頭の中がごたついてて」

「あ、そうだよね……」


 里奈さんはパンと両手を合わせると、一オクターブ声色を高くして。


「えっと、とりあえず、また明日ね」

「あ、はい。また」


 ばいばい、と手を振ってくる里奈さんに手を振りかえす俺。


 里奈さんが家の中に入るのを見送ってから、踵を返した。

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