第6話 姉妹仲が険悪な予感です

 翌日。

 普段と変わらない時間に登校した俺は、窓際の後列に腰を据えていた。


 願わくば一番後ろの席がよかったのだけど、後ろから二番目だ。


 ちなみに、俺の後ろの席はというと──。


「おはよ」

「お、おはよう」


 元カノである、月瀬唯香の席である。


 気だるそうにバックから荷物を取り出している。

 普段通り、挨拶はしてくれるみたいだ。


「ねぇ、一個きーていい?」


 どことなく緊張を覚えていると、唯香がツンツンと俺の肩を小突いてきた。


 俺は身体ごと唯香に振り返る。


「あ、あぁ……なに?」

「あたしさ、拓人のこと好きなのかな?」


 それを俺に聞くのか……。


「俺に聞かれても困るんだけど」

「だ、だよね。……色々考えて、拓人のこと振ったはずなのにさ。拓人がお姉ちゃんと付き合ったって聞いた時、すごいモヤモヤした。それで、ちょっと拓人に酷いこと言っちゃった。……だから、その……昨日はごめん」

「いいよ。わざわざ謝らなくて」

「そ? て、てかさ、結局、拓人はどうしてお姉ちゃんと付き合い──」


 唯香は突然歯切れが悪くなると、チラチラと俺を見つめてくる。


 しかし、唯香の声は突然現れたその人に掻き消された。


「おっはよー! ダーリン!」

「ぉわっ⁉︎ ちょ、なんですかいきなり⁉︎」


 快活な声を上げて、俺の両手を強めに掴んでくる里奈さん。


 上下に揺らして、太陽みたいに眩しい笑顔を咲かせていた。


「愛しの彼女が会いにきてあげたのに、嬉しくないの?」

「注目を集めているので嬉しくないです」

「素直じゃないなぁ」

「ぐ、ぐりぐりしないでください」


 人差し指と中指の第二関節を、俺の頬に押し込んでくる。


 付き合ったとはいえ、距離が近すぎる……。俺の理性がどうにかなりそうだった。


「へぇ……。もうそんなに仲いいんだ?」


 氷のように冷えた声が、俺の背筋を通り過ぎる。


 振り返れば、頬杖をついた唯香が俺たちを胡乱な目で見つめていた。


「な、仲がいいっていうか、里奈さんの距離感がバグってるだけ……」

「羨ましい?」


 里奈さんは俺の声に被せるようにして、唯香を挑発する。


 唯香はプイッとそっぽを向いて。


「別に」

「そっか。私、本当にもらっちゃうよ? 拓人くんのこと」

「好きにしたらいいんじゃない。てか、自己中なあたしに一々そんなこと聞かない方がよくない?」

「昨日のことまだ気にしてるの?」

「気にしてない」

「そうは見えないけど……」


 呆れたように呟く里奈さん。


 ちなみに、俺の机周辺はすっかり教室の中心になっていた。

 クラスメイトの視線が次から次へと振ってくる。


「あの野郎、今度は姉にまで手を出しやがった……!」

「姉妹を攻略するとか、なんてやつだよ……」

「地獄に堕ちろ」

「月瀬さんと別れて、月瀬さんの姉と付き合ったってことか?」

「姉妹丼……」


 ひそひそと会話しているつもりだろうが、こちらには丸聞こえだ。最後のやつは、後で個人的にぶん殴っておこう。


「そもそも、お姉ちゃんはあたしを煽って何がしたいの? もし、これで拓人のこと返してって言ったら返すわけ?」

「うーん、返さないかな」

「じゃあ、お姉ちゃんのやってること謎じゃん」

「返してもらうんじゃなくて、奪い返しにきなよ。それが筋じゃない?」

「……ま、そーだね。あたしは、そんな気さらさらないけど」

「なら、安心して拓人くんとイチャイチャしよっと」

「勝手にすればいいけど、場所くらい選んだら?」

「やだ」

「は?」


 速攻で拒否する里奈さんに、唯香は惚けた声を上げる。


 里奈さんの視線が俺に向かう。


「拓人くん、手、開いて」

「え、えっと、こうですか?」


 俺が右手を開いて胸の辺りの高さに掲げると、里奈さんが手を重ねてくる。


 お互いの指が絡み合うように握り、恋人にしか許されない接触を図ってくる。

 この人、ちょっと積極的すぎないですか……? 


「は、恥ずいんですけど」

「えへへ。そーだ、連絡先交換しよ。まだしてなかったし」

「あ、はい。って、このままですか?」

「だめ?」


 里奈さんが甘えたような声で言う。


 ドキリと心臓が跳ねる。


「だ、ダメというか……スマホいじりにくいですし」

「不自由さを覚えるのが恋愛だと思うんだよね」

「それっぽいこと言えばいいと思ってます?」

「あはは、バレた?」


 里奈さんは軽快に笑いながらも、俺から手を離そうとしない。


 仕方ないので、俺は左手のみでスマホを操作することにした。

 不自由さはあるものの、大きく手間をとることなく友達追加用のQRコードの表示に成功する。


「これで」

「んっ」


 里奈さんがQRコードを読み込み、連絡先の交換が完了した。


 里奈さんは満足そうに頬を緩めると、俺から手を離して。


「じゃ、またね」

「あ、はい。また」


 里奈さんが教室を出ていき、緊張感のあった空気が弛緩する。


 俺がホッと安堵の息をこぼす中、背後から鋭利な視線を感じた。


「……相性、良さげじゃん。あたしなんかより、よっぽど」

「そ、そうかな?」


 唯香は頬杖をつきながら、視線を窓ガラス越しの景色に向ける。


 虫の居所が悪いのは明らかだった。


 俺は煮え切らない思いを抱きつつも、黒板側に顔を向ける。


 そっちから振っておきながら、どうしてこんな態度を取られなきゃいけないんだか。

 少しずつではあるが、唯香に対する気持ちが冷めていっているのを感じた。

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