第4話 元カノの姉はガンガンくるらしい

 里奈さんを家まで送っていたら、元カノを見かけた。


 彼女の隣には男の姿がある。おそらく、面識のない男だ。

 スラッとしたスタイルで、明るい髪質をしている。


「だ、誰ですかね? ……あれ」


 俺はただただ当惑をあらわにしながら、その答えを里奈さんに求めてしまう。


 けれど、里奈さんが答えを持ち合わせている訳もなく。


「わ、わかんない……。唯香が、拓人くん以外の男の子と仲良くしてるのみたことないし」


 人間、見たくないものを見ると、思考を放棄するらしい。


 唯香の隣にいる人物が誰なのか、考えたくない。


 だが、少し時間が経てば自然と考えてしまう。

 必然的に浮かんできた仮説は、一つしかなかった。


「結局、好きな人ができたって事なんですかね……」


 唯香は俺を振る際、『俺のことが好きなのかわからなくなった』と言っていた。


 好きな人が出来たわけじゃないと言っていた。


 だが、この現状を見る限り、あの発言は嘘だったんじゃないだろうか。


 別れた理由は新しく好きな男ができたから。


 そう解釈した方が、よっぽど得心がいく。


「拓人くん……」


 里奈さんは、切なさを孕んだ声で俺の名前を呼ぶ。


 俺の心は荒み、暗闇の中に堕ちていく。

 顔を上げているのが辛くて、アスファルトをぼんやりと眺めていると、里奈さんがギュッと力強く俺の手を握りしめてきた。


「り、里奈さん? い、痛いんですけど」

「私が、いるから」

「え?」

「拓人くんは一人じゃないからね。塞ぎ込まないで」


 うっすらと涙目になりながら、真剣に、里奈さんは告げる。


 その優しい言葉が、暗黒面に染まりかけていた俺の心に光を差してくれた。


 そう、だな。

 俺は一人じゃなかった。


「はい。そうですね、ありがとうございます」

「うん。それに、まだ何もわからない状態でしょ? 単に道を教えているだけってパターンとか」


 里奈さんはふわりと微笑みながら、前向きな仮説を立ててくる。


 里奈さんの言う通りだ。

 決めつけるのは早計。


 少し心の負担が軽くなった俺は、下げていた視線を上げた。


「……あれ? 唯香、見えなくなりましたね」

「あ、ほんとだ」


 唯香の姿を見失う。

 十字路があるから、そこを曲がったんだろうか。


「帰ったら、唯香に詳細聞いた方がいいかな? あの男の人、誰? って」

「いえ、大丈夫です。別れている以上、仮に唯香とあの男が付き合っていたとしても、文句は言えないですしね。俺も、こうして里奈さんと付き合い始めたわけですし」


 別れた後の行動は、当人の自由。

 そこを元カレの分際で、縛れる道理はない。


「そっか。……うん、それもそうだね」

「はい。なので、さっきのは見なかったことにしておきます」


 それが精神衛生的にもいい気がする。


「りょーかい。じゃ、帰ろっか?」

「ですね」


 里奈さんは肩が当たるくらい距離を詰めてくる。

 柑橘系の甘い香りが宙を舞い、俺の鼻腔を刺激した。


「さ、さすがに近すぎないですか?」

「付き合ってるんだからいーじゃん」

「こ、こういうのは時間をかけて狭めていくものかと……」

「やだ。私がどんだけ我慢してきたと思ってるの?」

「え、えっと……」

「曲がりなりにも、今は拓人くんの彼女だもん。ガンガンいくからね」


 コツンと、肩に頭を乗せてくる。


 ま、まじか……。

 ガンガンくるのか……。


 唯香は受け身なタイプだったから、積極的にこられるのは慣れていない。


「ほどほどにしてくれませんか?」

「私とはイチャイチャしたくないってこと?」

「そうは言ってないじゃないですか」

「じゃ、したいの?」

「うっ……。その聞き方、ズルくないですか?」

「答えて」


 俺は視線を右往左往させると、あさっての方を向く。


 したいかしたくないかで言えば──。


「したいです……」

「拓人くんって意外と素直なとこあるよね」


 里奈さんは嬉しそうに頬を綻ばせる。


 里奈さんみたいな美人と、イチャイチャしたくない男がいるなら、一度拝めて見たいものだ。


 そのまま、里奈さんの歩幅に合わせて進んでいくと、見慣れたクリーム色の一軒家が見えてくる。


「さてと、送ってくれてありがとね」

「あ、はい」

「じゃ、次は学校かな。教室遊びに行くからね」

「ま、マジすか……」

「うん。あ、拓人くんが来てくれていーよ?」

「三年の教室はハードル高いです」


 一年の分際で三年の教室の敷居を跨ぐのは、中々勇気のいる行為だ。


 里奈さんは男子人気高そうだし、目の敵にされかねない。


「そか。じゃ、また明日ね」

「はい、また」


 里奈さんは俺から手を離し、玄関へと向かっていく。


 と、その時だった。


 里奈さんがドアノブに手を掛けるより先に、扉がひとりでに開く。


 それは要するに、内側から開けた人間がいることを示唆していた。


 俺と里奈さんは、その場で硬直する。


 扉の先にいた唯香は、俺と里奈さんを交互に見やると、パチクリとまぶたを瞬いた。



「えっと、なんで拓人がいるの?」

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