第3話 元カノの姉と手を繋いだ

「俺と付き合ってください、里奈さん」

「おっけー。じゃあこれからよろしくね、ダーリン」


 彼女と別れてから半日と経たないうちに、元カノの姉と付き合うことになった。


 我がことながら破茶滅茶な展開だと思う……。

 なにより、里奈さんが俺に好意を持っていたことが驚きだった。


「だ、ダーリンはやめてほしいんですけど……」

「そ? ラブラブっぽくてよくない?」

「バカっぽいです」

「わぁ、辛辣」


 里奈さんは両手をパッと開くと、苦く笑う。


 俺はブランコから重たい腰を上げると、ポリポリと頬を掻きながら。


「えっと、じゃあ、帰りますか?」

「うん。またね」


 ひらひらと手を振ってくる里奈さん。


 いや、そういう意味じゃないんだけど……。


「俺たち、付き合ったんですよね?」

「うん。そーだよ」

「家まで送りますよ」

「大丈夫だよ、別に。そんな遠くないし」

「いえ、もうだいぶ暗いですし、送らせてください」

「そ、そっか……。じゃ、お言葉に甘えて送ってもらおうかな」


 照れ臭そうに笑みを浮かべる里奈さん。


 俺が歩を進め始めると、里奈さんは半歩後ろを引っ付いてきた。

 以前まででは考えられなかったくらい、距離が近い。甘い香りが鼻腔をつくたびに、俺の精神状態が荒れていた。


「あのさ、拓人くん」

「は、はい。なんですか?」


 名前を呼ばれて、里奈さんに焦点を合わせる。


 里奈さんはほんのりと頬を赤らめながら。


「手、繋いだりしないの?」


 肩をピクリと上下させ、息を呑む俺。


 そ、そうだよな……。

 付き合ったなら手を繋いで一緒に帰る方が自然だ。


「繋ぎますか?」

「んっ」


 里奈さんが右手を差し出してくる。

 俺はそれを優しく、左手で握った。


 里奈さんは口元を綻ばせると、肩がぶつかりそうなくらい距離を詰めてくる。


「もしかして、緊張してたりする?」

「そりゃしますよ」

「ふーん。唯香とは散々、手を繋いでたくせに?」

「そ、それとこれとは別問題というか」

「ドキドキしてくれてるんだ?」

「……しなかったらどうかしてます」


 平常心を保てる方が異常だ。


 かろうじて会話できているだけでも褒めてもらいたい。


 里奈さんはさらに口元をゆるめると。


「そかそか。ふーん」

「そういう里奈さんはどうなんですか?」

「どうって?」

「俺と手を繋いでも、何も思わないですか?」

「ううん。男の子の手って意外とガッチリしてるなぁとか、心臓バクバク言ってるなぁって思うよ」

「人のこと言えないじゃないですか。……え? ていうか、里奈さんって誰かと付き合ったことないんですか?」


 ふと、湧いてきた疑問を、俺は脊髄反射で口に出していた。


 里奈さんはムッと頬に空気を溜め込むと。


「うわー。付き合ったばかりの彼女にマウント取るんだ?」

「や、そんなつもりじゃなくて。里奈さんほどの美人だから、恋愛経験は豊富なのかと……」

「ないない。私、けっこう一途だし」

「え?」

「あ、今のナシ。聞かなかったことにして」

「いや、聞いちゃったものは無理です」

「忘れてってば!」


 里奈さんは頬を紅潮させ、唇を斜め上に尖らせる。


 俺から視線を外すと、消え入りそうな声で。


「……今のは言葉のあやっていうか、単純に付き合いたいって思う人が拓人くん以外にいなかっただけ、だし。告白された経験なら、拓人くんより圧倒的に多いし」

「里奈さんがマウント取り始めてどうするんですか……」


 やばい。

 心臓の鼓動が尋常じゃないくらい早まっている。


 耳に届くくらいうるさかった。


「変に誤解されたくないから、これだけ言うね」

「あ、はい」

「私、拓人くんと唯香が別れてほしいなんて思ってなかったから。だから、拓人くんに対する気持ち、ちゃんと隠してたし。二人の恋愛が上手くいくこと願ってた。拓人くんが唯香のこと大好きなの見てればわかるしね」

「…………」

「だからさ、私としては二人がまた付き合ってくれた方がいいかな。……た、ただ、もしも拓人くんの気持ちが私に向いた時は、唯香のことは過去の恋愛って割り切って、私のことだけ見てほしいな……なんて」


 いつになくしおらしい様子で、里奈さんが胸の内を明かす。


 里奈さんの顔を見れそうになかった。


 俺はすっかり上気した頬を隠すように、そっぽを向く。焼けるように身体が熱くなっている。


「そういう一途なの、弱いんでやめてください」

「へぇ、一途な子に弱いんだ?」

「弱くない男いませんよ」

「そっか。なら、もっと私の一途エピソード聞かせてあげよっか?」

「や、やめてください。卑怯ですよマジで」

「卑怯、ね」

「なにかおかしなこと言いました?」

「や、キミって、色々と罪深いなぁと。私の初恋を自覚なしに奪ったりさ」


 ジト目で俺を睨む里奈さん。


 なんのことを言っているのか心当たりがなさすぎて、大量の疑問符を浮かべてしまう。

 ただ何かキッカケがあって、里奈さんは俺に好意を抱き始めたようだ。


「教えてください。悪いことしたなら謝りたいですし」

「ヤだ」

「なんでですか」

「そんなに知りたいなら自分の胸に聞いてみなよ」


 それでわかるなら、わざわざ里奈さんに聞いていない。


 ヤキモキした気持ちを蓄えていると、里奈さんは唐突に足を止めた。手を繋いでいるため、俺の歩みも必然的に止まる。


「どうかしたんですか?」

「ちょ、ちょっとこっち」


 里奈さんがブロック塀の影に隠れるよう、引っ張ってくる。


 声は焦燥を孕んでいる。


 何が何だかわからないまま、身を隠す俺。


「な、なんですか、いきなり……」

「あ、あれ……」


 里奈さんは戸惑いつつも、弱々しく指を差す。

 言われるがまま、俺は顔を上げると──。


「え?」


 思わず、その場で固まってしまった。


 うっすらと青みがかった髪。

 肩にかかるくらいで髪の長さは調整していて、華奢な体型をしている。


 遠目ではあるものの、元カノ──月瀬唯香であるのは間違いなかった。



 ──そして彼女の隣には、男の姿があった。

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