第2話 元カノの姉と付き合った
「今度は私と、付き合ってみる?」
数秒、俺はブランコに座ったままフリーズする。
頭の整理が追いついてから、俺は呆れたように吐息をこぼすと、胡乱な眼差しを里奈さんに向けた。
「そういう冗談、ちょっと笑える精神状態じゃないです。俺、真面目に落ち込んでるので」
「んっと、冗談じゃないんだけど」
「いや、どういう意味かわかって言ってるんですか?」
「ベタベタしたり、キスしたり、拓人くんが夜な夜な見ている動画みたいなことしたりする関係に私となってみる? って意味で言ってるよ」
「よ、夜な夜な見てるわけじゃ……」
「違うの?」
「ち、違いませんけど、毎日ってわけじゃ」
「そうなんだ。どのくらいの頻度なの?」
「えっと、って答えないですからね⁉︎」
「なーんだ。そのまま答えてくれた方が面白かったのに」
里奈さんは唇を尖らせながら、つまらなそうに呟く。
すっかり里奈さんのペースだ。
俺はコホンッとわざとらしく咳払いをしてから、軌道修正を図る。
「大体、意味がわからないですから。どうして、里奈さんと俺が付き合うなんて発想が出てくるんですか?」
「拓人くんと唯香が元に戻れる足がかりになるかなって」
「……どういう、ことですか?」
「自分の元カレが、実の姉と付き合い始めたら気分よくないでしょ?」
「まぁ……そう、ですかね?」
「あんまピンときてないかな。じゃ、拓人くんに弟がいると仮定してみよう」
里奈さんはピンと人差し指を立てると、小首を傾げる。
妹ならいるが、弟はいない。
とりあえず、言われた通り架空の弟を作り出してみる。
「拓人くんは、唯香に対する気持ちが冷めちゃって別れを告げました」
「はい」
「で、そのすぐ直後、唯香は拓人くんの弟と付き合い始めました。そうなったらどう?」
「モヤッとはします……。自分から別れ切り出したとはいえ、その直後に弟と付き合い出すわけですよね。なんか、色々と考えてしまうというか」
「でしょ?」
「でも、それに何の意味があるんですか?」
目的がいまいち釈然としない。
判然としない俺に向かって、里奈さんはわずかに口角を上げると。
「──奪い返したいって思わないかな」
うっすらと赤みがかった髪が揺れる。
風に乗って、柑橘系のフルーティな香りが鼻腔をくすぐってきた。
「そう、なりますか? 唯香は俺のこと、嫌いになったから別れを切り出してるわけですし」
「拓人くんはすぐに悪い方向に考えちゃうんだね」
「は?」
「唯香は、拓人くんのことが好きかわからなくなったんじゃなかった? 嫌いになったって言ったの?」
「いえ、すみません。なんか、勝手にすり替えてました」
「だよね。で、話を戻すけど」
「はい」
「要するにさ、唯香の嫉妬心を煽るの。それで、また唯香の矢印が拓人くんに向かうよう仕向ければいいんだよ」
なるほど。
曲がりなりにも理屈は通っている気がした。
必ずしもうまくいく作戦ではないが、机上の空論だと突き放すほど突飛な内容でもない。
ついさっきまで自分の彼氏だった男が、すぐに彼女を作る。しかもその相手は実の姉。そうなったら、少なからず感情は揺れ動く。
それに唯香は、俺のことが好きなのかわからなくなったと言っていた。
里奈さんと付き合うことで、嫉妬心を煽げれば──。
と、そこまで考えたところで、俺は重大な問題に気がついた。
「でもそれ、里奈さんにメリットなさすぎないですか?」
「ん? どゆこと?」
「だって、好きでもない男と付き合うってことですよ」
俺にとって里奈さんは、彼女……元カノの姉で。
里奈さんにとっての俺は、妹の元カレだ。
唯香という架け橋がなければ、一生関わることがなかったであろう相手。
個人的な連絡先すら知らない間柄だ。
当然ながら、里奈さんの気持ちが俺に向いているはずが──。
「私、拓人くんのこと好きだけど」
「へ?」
間の抜けた、呆けた声をあげる俺。
ポカンと開けた口が塞がりそうになかった。
「姉妹だからかな。男のタイプは似ちゃったみたい」
「ま、マジすか」
「マジマジ」
「で、でも、俺、里奈さんのこと──」
これまで唯香の姉という認識でしかなかった。
しかし里奈さんは、俺の声を遮って。
「いいよ、別に。私のことは好きじゃなくて」
ふわりと微笑みながら、それでいて淡々とした口調で告げる。
当惑する俺を目前に据えながら、里奈さんは続けた。
「私のことは利用してくれていーよ。好きな男の子には笑顔でいてほしーって思うものでしょ? だから、私は自分のエゴのために。拓人くんは唯香の気持ちを取り戻すために付き合う。……どうかな? 悪い提案じゃないと思うけど」
悪いどころか、俺にとって都合のいい提案でしかなかった。
ウダウダ考えていても唯香の気持ちが俺に戻る可能性は低い。
このまま泣き寝入りコースが確定しつつあったから、絶望の淵に立たされていた俺にとって蜘蛛の糸のような提案だった。
「でも、そんなの里奈さんに申し訳が立たないです」
「じゃ、こーしよ」
里奈さんは俺の手を包み込むように握る。
少し冷たくてヒヤッとする。
けれど、それでいて温かみのある手は、俺の心拍を大きく上昇させた。
ドギマギする俺に向かって、里奈さんは小悪魔ような笑みを携えながら。
「もしも、私と付き合っているウチに、拓人くんの気持ちが私に向いたら、唯香のことは過去の恋愛って割り切って私とそのまま付き合い続ける。どう? それなら、拓人くんのことが好きな私にもメリットがあるでしょ?」
甘い誘い。
ここまで俺に都合のいい誘いは、そうないだろう。
詐欺か何かと疑ってもいいくらいだ。
けれど、里奈さんが嘘を吐いているようには見えなかった。
口調こそいつもと変わらないが、俺を包み込む手がわずかに震えている。
奇異な状況ではあるが、今の里奈さんは俺に対して告白をしているも同義だ。
緊張するのは当たり前。平常心でいられるわけがない。
俺は一度視線を落とす。
ここまで言ってくれているのに、拒絶する理由は思いつかなかった。
俺はゴクリと生唾を飲み、覚悟を決めてから。
「わかりました。俺と付き合ってください、里奈さん」
「おっけー。じゃあこれからよろしくね、ダーリン」
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