6
指の先にザラついた感触があった。
剣の柄に触れた。私はさらに腕を伸ばし、それを握りしめる。剣は全体が鉄のようなもので出来ているらしく、柄も錆びていた。冷たく張り付くような感触が手のひらに残る。
でも、これならアマネちゃんを助けられるかもしれない。
ムラサメへと身体を向けた。彼の手はアマネちゃんの首を掴み、足がつかないほどの高さまで持ち上げている。
「やめてぇえええっ!!!」
叫び、足を踏み出した。ムラサメまでの距離はさほどない。数歩で彼の下へ辿り着く。
はずだった。
「っ!?」
突如、私は膝から崩れ落ちた。足から下の感触がなくなったのだ。
見下ろしてみれば、右足がなくなっていた。いや、溶けているんだ。足元に液状になった身体が広がっていく。
「ひぎぃっ!?」
それを認識した瞬間、痛みが襲い掛かってきた。
右足の次は左手。指の先から粘りのある液状に変化し、床に糸を引くように落ちていく。さらに左足の感覚も消える。必死に腕を伸ばし、ムラサメへと近づこうとした。
だが、頭の中に巡る考えとは裏腹に、私の身体は崩れていく。膝下より先を失った私は、太ももから床に足をついた。
これが、呪い――!
『グひゃハハ! 魔物ノ呪いガかかっタ剣をトるからソウなるんだ!』
ムラサメの耳障りな声が響いた。
ふざけるな。
お前を殺すために、私は諦めるわけにはいかないのに!
歯噛みし、太ももだけになった足を前へ動かした。だが、剣を握り続ける限り、私の身体は溶け続けていく。
「お前、だけは……お前だけはぁああ!!」
アマネちゃんを傷付けられて堪るか。
私はその一心で足を前へ進めようとした。
なのに、身体は崩れる。両足がなくなり、左腕が完全に溶けた。左側の眼窩から何かが零れ落ちるのを感じた。残った右目で下を見れば、私の左目がそこにあった。
『諦めロ……ソノ身体じゃ、俺は倒せネェぞ?』
「うる、さい……!」
両足がなくなっても、左腕がなくなっても、剣を握る右手だけは残っている。この手さえあれば、前へ進める。
床をはいずるように、右腕を使って身体を前へ動かしていく。
少し離れたところで、ムラサメが笑っていた。
でも、その声もやがて聞こえなくなる。
耳が溶けたんだ。
このままじゃ、ダメだ。
ムラサメを倒せない。
私の大切な人を奪った奴なのに。前世で私を殺した犯人なのに。今まさに、私の大切な人を傷つけている奴なのに。
こんな奴、許せないはずなのに……!
「どうして……届かないの……!」
次の瞬間、私は床へ倒れ込んだ。身体もほとんどが溶けてしまい、残ったのは頭から右腕にかけての部分だけだ。
最後の力で、ムラサメへと手を伸ばした。首のない魔物が、肩を揺らしている。音は聞こえないけど、笑っていることだけは分かる。
こんな奴に、殺されていいのか。
何もできないまま死ぬなんて嫌だ!
私はアマネちゃんを守りたいんだ。
だから、どうか――。
「私に……力を……ください……ッ!」
絞るような声で、私は訴えかけた。
その瞬間、全身に熱が奔った。
「がっ……うぐぅう……!?」
痛い。苦しい。熱い。
身体を燃やされているみたいだ。でも、火に包まれているわけじゃない。
なら、どうして?
視線だけを動かして、身体を見下ろした。すると、溶けていた身体が徐々に再生していた。
「え……」
首から下がボコボコと粟立つように盛り上がり、新たな肉体を形成していく。
再生してるんだ!
アマネちゃんに膝の怪我を治そうとしてもらった時もそうだった。アマネちゃんが魔法を使うまでもなく、私の怪我は治っていた。
もしかして、これがチート能力だったりするの?
どんな怪我も治ってしまう能力。それなら、この呪われた剣を握っても、私の傷は再生し続けるはずだ!
やがて、私の肉体は元通りになった。身体を起こしてみると、頭の奥で『ブツッ!』と何かが弾ける音が響いた。
次の瞬間、私の耳に悲鳴が劈いた。
「――いやぁああッ!!」
『鳴けよ、ゴミがぁああ!!』
「ッ!」
アマネちゃんの悲鳴と、ムラサメの怒号。
さっきの音は、鼓膜が再生した音だったんだ。私は立ち上がると錆びついた剣を握り、跳躍するように駆け出した!
「やめろぉおおお!!」
『ッ!?』
私が声を荒らげたところで、ようやくムラサメがこちらに気づく。でも、遅い。私の剣は、すでに袈裟懸けに振り下ろされていた。
『グひゃああッ!?』
ムラサメの身体が斜めに切り裂かれる。すごい……この剣、錆びついているのに切れ味抜群だ。
身体を斬られたことで、ムラサメの手からアマネちゃんが解放された。落ちてくる彼女の身体を受け止める。アマネちゃんは私の腕の中に落ちてきて、こちらを見つめて目を見開いた。
「ど、どうして……」
『オ前は……死んダハズだろぉお!?』
アマネちゃんとムラサメの疑問が重なった。でも、ムラサメに答える義理はない!
「今度こそ……お前をこの手で!!」
剣を構え、私はムラサメへと向き直った。ムラサメは身体を震わせた。悔しそうだ。
「ほざくナあぁあ!!」
ムラサメが床を蹴り上げた。巨体が猪のような速度で私に突っ込んでくる。
私は戦った経験なんてない。前世では一般的で平和に暮らしてきたし。人と関わらずにずっとぼっちだったので喧嘩すらしたことがない。
それでも、不思議と怖くない。
「アマネちゃんは……私が守る……!」
短く息を吐き、担ぐようにして掲げた剣を振り下ろした。ちょうど、そこへムラサメの腕が伸びてきた。
ムラサメの拳が錆びた剣で真っ二つに裂ける。剣は錆びているのに、切れ味は抜群だ。
『グぎゃあああッ! お、オレの手ガぁああ!!』
「まだまだ……ッ!」
今度は私が足を踏み込んだ。ムラサメの懐へ入ると、剣を叩きつける。
『グギャぁッ?!』
剣が身体を裂いた。
ムラサメの左腕が吹っ飛び、足が膝から下を失った。バランスを崩して倒れる巨体。すぐに起き上がろうとする彼の首へ剣を突き立てる。
『ひぎぃいっ!? こ、コロさないデくれ――』
「二度死んで……アマネちゃんに詫びろぉおおッ!!」
『グギャああああッッ!!??』
私は彼の首へ剣を振り下ろした。
錆びついた剣は、首のない魔物を盾真っ二つに切り裂いた。
ムラサメの身体が黒い霧と化して空気に解けて消える。ゴトッという鈍い音と共に、彼のいた跡に魔石が落ちた。
やった……今度こそアマネちゃんを守れたんだ!
喜びが胸の奥から湧いてくる。ムラサメは前世で私を殺した仇であり、アマネちゃんを追い詰めた犯人なんだ。前世からずっと恨んでいた相手。一度死んだけど、復讐を果たせたことに達成感を覚えた。
アマネちゃんへと振り返った。
しかし、その途端に私は膝から崩れ落ちてしまった。床に両手をつくと、グッと身体が重くなるのを感じる。
「あ、あれ……力が入らない……」
「リオンさん!?」
アマネちゃんの悲鳴に似た声がどこか遠くから聞こえるみたいだ。視界も徐々に暗くなって……あっ、もう……ダメ、だ。
ドサッ、と床に倒れ込み、私は意識を手放した。
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