第3話
5
震えながら質問した私の言葉に、首のない魔物は沈黙した。
静かになったのは一瞬。魔物は私へと身体ごと向き直ると、白い両手を広げながら仰々しく言った。
『オ前は……リオンか?』
私が前世で使っていたハンドルネームだ。知っているのは、私が実際に会ったことのある人物だけ。
ムラサメとは、死ぬ間際に出会っていた。というか、そもそも私はコイツに殺されてるし。
私の正体に気づいたムラサメ――こちらも彼のハンドルネームだ――は、機械音のような甲高い笑い声を響かせた。
『ヒャハハハッ!! まサカ、オ前も転生シてるナンてなぁ~!』
「……誰のせいで死んだと思ってるの」
脳裏に過るのは、ついさっき思い出した前世での出来事。私がムラサメに殺された場面だ。
元々、ムラサメと私は、『姫ノ雨音』というVtuberを推しているファンだった。しかし、雨音ちゃんは半年前に男性Vtuberとのコラボで炎上してしまった。
その炎上騒ぎを作ったのがこのムラサメだ。私の記憶にある彼は、痩身にメガネをかけた男だった。雨音ちゃんにガチ恋しており、男性と関わりを持った雨音ちゃんのことを許せなかったみたい。
炎上をきっかけに、雨音ちゃんは三ヶ月前から失踪。事務所も連絡を取ろうとしていたみたいだが、どうにも連絡が取れなかったらしい。
今まで探しても見つからなかったはずだ。
彼女は今、私たちと同じように転生し、ここにいるのだから。
前世とこの世界のアマネちゃんは、私たちが画面で見たVtuberの姿のままだった。髪は青く、耳はエルフのように鋭い。胸は豊満で、冷たい目つきが特徴的な少女だ。
転生したということは、アマネちゃんも……考えたくないけど死んでるのかも。
その原因がムラサメにあるのかもしれないと思うと、余計に苛立ちが腹の奥から沸々と湧いてくるのを感じた。
「私を殺したのは君でしょ。アマネちゃんにも、前世で酷いことしてきたじゃないか!」
『シるかよ! コッチは、アマネにウラぎられたんダゾ!』
「前世……って、何のこと?」
私たちの会話を聞いて、アマネちゃんが困惑気味に言った。
もしかして、覚えてないの? それとも、アマネちゃんに見えるだけで別人だったりして――。
『グひゃははッ! 覚えテない、カ。ソレが、オ前の本性だっタって、コトだな……!』
「本性……?」
『前世デモ、ドウせ、リスナーのコトなんて大事じゃナかったんダロ? じゃなきャ、オレたちヲ裏切るハズ、ねぇからよぉお!!』
「だ、だから、分からないって言ってるでしょ! 大体、魔物の言葉なんて……」
『コウなったのは、オ前のせいダロウがぁあ!!』
ムラサメが激昂する。
私は自分の死因と一緒にムラサメが死んだときのことも思い出した。
というか、私たちは同時に死んでいる。
原因は、雨音ちゃんの炎上のことで私がムラサメに抗議したことだ。彼女の炎上の原因を作ったムラサメに、私は謝罪を要求した。
しかし、ムラサメは私の要求に応えてくれることはなかった。
簡単に諦められなかった私は、ムラサメに必死に抗議した。その結果、ムラサメが怒り出し、持っていたサバイバルナイフで私を突き刺した。
私は死にかけたけど、あきらめられなかった。苦しみながらもムラサメの身体にしがみつき、背中を何度も刺された。うっ……あの時の痛みを思い出して吐きそうになる。
そうして争っていた時、近くの工事現場のビルから、クレーンで吊り下げられていた鉄骨が落ちてきた。鉄骨をつり上げた際にワイヤーが千切れたらしく、私たちの方へとそれが落ちてきたんだ。
逃げようとするムラサメにしがみ付き、私は彼を道連れにしようとした。
私とムラサメは鉄骨に押しつぶされ、同時に死んだ。
そうして、今に至るというわけだ。
『Vtuberだったオ前は、オレたちを裏切っテ男と繋がっテたんだ! Vtuberはオタクの理想……! 男と付き合っテいいはず、ネェだろうがぁあ!!』
ムラサメはずっと雨音ちゃんに怒っている。自分の好きな人が、目の前で別の異性と仲良くしている光景を見せられたんだ。悔しい気持ちを抱くのは、私にも分かる。
でも。
「だからといって、好きな子を傷つけていい理由にはならないでしょ」
異性のVtuberとコラボして何が悪い。好きな子が楽しそうにしているならそれでいいじゃないか。もし、それで不満があるなら自分を変えればいい。
「キミの怒りは、自分を変える勇気もなくてダサいだけだよ。そんな下らない嫉妬でアマネちゃんを傷つけるなんて、許さない!」
『ダったら、オ前に何がデキるって言うんだよぉお!!』
ムラサメが足を踏み込む。筋肉の発達した脚から生み出した跳躍力は、刹那の内にその巨体を私の前へと運んだ。
「がっ……!」
腹にムラサメの拳が穿たれる。私の身体は宙へ舞い、長椅子を破砕しながら数メートル離れた床へと落ちた。全身が痛い。痺れるような身体をゆっくりと持ち上げると、ムラサメがゆっくりとした足取りでこちらへと近づいてきていた。
『俺はヨォ……オ前にも恨ミがあるんだゼ。こんナ身体になっちまっタのは、オ前のせいダカラなぁあ!』
「き、君が転生して人間になれなかったのは、心が醜悪だからじゃないかな。私には、魔物の姿の方がお似合いだと思うよ」
『黙れぇエエ!!』
再び床を蹴ったムラサメが、私の前へと現れる。避けられない!
危険を察知した時には、私は頬を横から蹴られていた。身体が吹っ飛び、祭壇の上に建てられた十字架にぶち当たって床へ落ちた。
「うぅ、あぁ……ッ!」
痛い……!
こんなに痛いの、前世でも感じたことないんだけど……!
「リオンさんっ!!」
悲痛なアマネちゃんの声が響く。身体を持ち上げようとすると、泣きそうな顔をしているアマネちゃんが見えた。
『次はテメェだ、アマネぇえ!! 前世での恨ミ……ココで晴らしてやラァア!』
拳を握りしめたムラサメが床を蹴り、アマネちゃんへと肉薄する。その時には、すでにアマネちゃんも杖を掲げて魔法の詠唱をしていた。
「《
瞬間、床から氷の壁が立ちはだかる。ムラサメからの攻撃を阻む壁だ。だが。
『URAAAAAAA!!!』
ムラサメの渾身の一撃が、氷の壁を一瞬で破砕した。アマネちゃんが目を見開く。そんな彼女へと、腕を振り抜いたばかりのムラサメが反対側の腕を突き出した。
アマネちゃんの細い首を握り、頭上へと持ち上げる。
「がっ……!」
アマネちゃんが苦しそうに喘いだ。その様子を見て、首がないくせにクツクツと笑いだす魔物。
「ドウやってコロされタイ? シに方くらいは選ばセテやる」
「あぐぅ……!」
あんなに首を絞められたら、言葉も絞り出せないじゃないか。最初から選ばせるつもりなんてない!
早く助けないと!
でも、私には武器がない。
アマネちゃんみたいに、何かできることがあれば……!
「……いや、まだ手段はある」
私は、それを見た。
私の視線の先には、一振りの剣がある。
祭壇に突き刺さった剣。
錆びついて真っ黒になってしまった呪われているだろう剣が。
それを視界に入れた途端、ドクンドクン、と心臓が脈打つのが分かった。緊張している。
だって、この剣は呪われているんだぞ。触ったら身体が溶ける。間違いなく死ぬんだ!
でも、ここには武器がない。戦わないと、アマネちゃんがムラサメに殺されるだけだ。
……なんだ、簡単なことじゃないか。
アマネちゃんを失うくらいなら、自分が死んだほうがマシに決まってる。だって、彼女は私の推しだったんだぞ。相手は私を殺した相手だ!
前世で、アマネちゃんは推しだった。
私は前世で彼女を助けられなかった。
これはチャンスだ。
今度こそアマネちゃんを守るっていう千載一遇の。
だったら――。
「やるしか、ない!」
今度こそ、私はアマネちゃんの力になるんだ!
覚悟を決めた私は、錆ついた剣へと手を伸ばした。
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