そこは教会みたいな場所だった。


 階段を上り切った先に色あせた赤い絨毯が正面に向かって真っすぐに敷かれ、その左右に長椅子がいくつも配置されてある。


 絨毯の先は祭壇になっていて、十字架が掲げられている。そこには、全身真っ白で筋骨隆々な男のようなものが磔にされてあった。両手と首に杭が打ち込まれている。


 しかも、頭がない。

 どう見ても死んでいる。


 十字架の足元には錆びた剣が突き刺さっていた。さっきゴブリンが持っていた刀と同じように呪われてそうだ。


「あれって、何だろう……」


 磔にされているそれを見上げて、私は呟いた。


「多分、魔物ね」


「でも、魔物は死んじゃったら魔石になるはずじゃ……?」


 疑問を呈しても、アマネちゃんは首を傾げるだけ。どうやら分からないらしい。


「アンデッド系の魔物かも。どの道、ここはよくない気配がするし、引き返しょう」


 アマネちゃんが踵を返した。こんなところに長くいるのは、私も嫌だ。早く戻ろう。


 しかし、十字架に背を向けた時だった。


『――ニが、さネェ』


「ッ!?」


 しわがれた声が聞こえ、思わず肩が震えた。何なの、今の声。嫌な予感を覚えながらも、後ろへと振り返る。


 十字架に磔にされていたはずの人型の魔物が動き出した。手を貫いていた杭から無理やり手を引き抜き、身体を十字架から起こそうとする。自らを十字架に縫い付けるものがなくなると、その身体が祭壇へと落下した。


 ずんっ、と沈み込むような揺れが祭壇を震わせた後、首のない魔物は身体を起こした。頭が無くて視線も分からないはずなのに、私を睨んでいるような気がする。


 当然、口もない。けれど、さっきの声はこの魔物から聞こえてきたような気が……。


『URAAAAAAA!!!』


 うひぃっ!

 やっぱり、頭がないのに吠えてる!!


「……リオンさんは下がってて。魔物は排除しないと」


 と、杖を握ったアマネちゃんが私の前へ出た。


「ま、待ってよアマネちゃん1 コイツ、明らかに様子がおかしいって! 戦わずに逃げた方がいいんじゃ……」


「逃げたところで追ってくるだけ。ここで叩くべきよ」


 正論だ。そもそも、ダンジョン攻略をしているのは、地上に魔物を逃がして被害を出さないためだ。


 でも、本当に大丈夫なのかな。


 胸の奥がキュッと締まる。魔物に対する不安で脈がおかしくなったみたいだ。


 そんな私の不安に背を向け、アマネちゃんは足を踏み出した。首のない魔物へ向けて杖を掲げると、鋭く目を眇めて詠唱した。


「《凍天術式コール・ガブリエル》――《氷結魔法・凍旋華柱とうせんかちゅう》」


 魔法が起動し、杖が青白い光を放つ。と、同時に地面からいくつもの氷柱が突き出した。それらは全て細くとがっている。槍みたいだ。首のない魔物へと、氷の槍が殺到……!


 首のない魔物に、その攻撃を避けられるはずがない。


 しかし、魔物は地面を蹴り上げると五メートルほどの高さまで跳躍した。地面から突き出した氷のやりを足場に使い、攻撃を回避しながら床へ着地。


「《凍天術式コール・ガブリエル》――《氷結魔法・氷華蔦ひょうかちょう!》


 魔物が着地すると同時にアマネちゃんが詠唱。足元からいくつもの氷のツタが伸び、身体を絡めとっていく。魔物が足を振り上げた。氷を破壊し、逃れようとする。が。


「《凍天術式コール・ガブリエル》――《氷結魔法・凍旋華柱とうせんかちゅう》」


 再び、氷柱の魔法を放つ。


 氷のツタに意識を奪われていた魔物の腹を氷柱が貫く。首の断面から、喀血するよう日を吐く。


 だが、彼の身体を貫いた氷柱は一つだけじゃない。続けて右腕を貫き、足を貫き……魔物へと容赦なく襲い掛かる。


「すごい……」


 その光景をあっけに取られながら見ていた。魔物を警戒していたけど、思ったより弱いのかもしれない。もしくは、アマネちゃんが強いだけ?


 そんな考えが脳裏をよぎる頃には、全てが終わっていた。魔物の身体にいくつもの氷柱が突き刺さり、血がだくだくと流れ落ちている。魔物はぐったりと力を失っていた。息絶えたらしい。


 魔物が起き上がらないのを見て、アマネちゃんは息を吐いた。肩に絡みついた髪を後ろへ軽く払いながら振り返る。


「こんなところかしらね」


「アマネちゃん、すごいよ! あんな魔物をあっという間に倒しちゃうなんて!」


「そ、そんなに褒められるようなことじゃないから」


 アマネちゃんは褒められ慣れてないのか、頬を微かに赤くしていた。えへへ、可愛い。


「それより、ここにはもう用はないわ。早く地上に――」


『アハ……アハハ、ハハハハッッ!!』


「「っ!?」」


 耳障りな音に、私たちは同時に肩を跳ね上げさせた。声の方へ振り返れば、魔物が肩を震わせていた。


 身体には氷柱が突き刺さっている。なのに、まだ生きてるの……?


『やっト……アえたぞ……あマネぇえ!』


「あ、アマネちゃん、何か知ってるの?」


 アマネちゃんは静かに首を振った。


「あんな魔物、知らないわ。見てたら、忘れられないに決まってる」


 分かる。首のない魔物なんて見たことないし、トラウマレベルで脳にインプットされてしまいそう。できれば忘れたい記憶になりそうだ。


 そんなアマネちゃんの言葉に、首のない魔物はクツクツと笑う。


「ソうだヨナぁ~? オ前は前世デモ、俺タチを裏切っタんだかラなぁ~!」


「前世……裏切り……?」


 頭の中で、何かが引っかかる感じがした。


 私は何かを忘れている。

 とても大事な何かを。


 ――そういえば、私ってどうして転生したんだっけ?


『あマネはイツでも冷たかっタ……俺タチを裏切っタ時モ、ファンのことナンテ考えナカったんだろ!?』


「……あっ……あぁッ!!」


 ――そうだ、思い出した。


 私が、どうして転生したのか。

 どうして、首のない魔物の言葉に引っかかりを覚えたのか。


 私は目の前の魔物へと震える指を突き出した。呼吸が上手くできない。ガチガチと身体を震わせながら、絞るような声で言った。


「キミは……ムラサメ、なの?」


 その名前は私を殺した人物の名前であり。


 Vtuberアマネちゃんを炎上させた犯人の名前でもあった。


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