3
ゲームではザコとして扱われることの多いゴブリン。けれど、ゲーム上の知識がこの異世界での常識とも限らない。
さらに、ゴブリンたちはその手に日本刀のようなものを持っていた。しかも、刃の部分が血に塗れている。ついさっき、何かを斬ってきたみたいに見えるけど……。
アマネちゃんもそれに気づいたみたい。微かに目を見開くと、小さく呟く。
「……あれ、たぶんクラスメイトの子の刀」
「へ……?」
「ダンジョンの魔物たちの中には、ああして冒険者を殺して武器を奪うやつもいる。このゴブリンも、それだけの知能がある」
「クラスの子の武器だとしたら、持ち主はまさか……」
「死んでるでしょうね」
「っ……」
やっぱり、ここは異世界であり、ダンジョンなんだ。死がいつでも寄り添い、簡単に命を奪ってしまう。
私はそのクラスメイトの子のことを知らない。とはいえ、私もアマネちゃんがいなければクマの魔物に殺されていたわけだ。他人事だとはとても言えない。そう考えるとちょっと怖くなってきた。
けど……。
「……大丈夫よ」
私が震えているのを察してか、アマネちゃんが元気づけるように言った。
顔を上げればアマネちゃんの背中がすぐ目の前にある。
「私が、あなたを守ってあげるから」
「……!」
彼女の言葉に心臓がトクン、と跳ねた。デジャヴを感じたんだ。
私は、どこかでアマネちゃんと出会っている。それは、この世界のことじゃない。きっと前世で。それも、彼女はとても大事な人だった気がする。
目を見張っていると、アマネちゃんが動き出した。足を踏み込み、杖を正面へ向ける。途端に彼女の足元から風が吹きあがった。
「《
アマネちゃんの詠唱に反応して、杖が青い光を放つ。と、同時にゴブリンたちの足元からつららが上に向かって突き出した。
ゴブリンたちは身体を貫かれ、黒い血を垂らしながらガクガクと震えた後、絶命した。命を終えると共に、ゴブリンは黒い霧となって消えた。
魔物は死を迎えると消えてしまうらしい。そして、死んだ後には魔石という黒い結晶が残るそうだ。さっき、クマを倒した時にもアマネちゃんが拾っていた。
「次が来る……!」
今しがた倒したゴブリンたちの後ろから、さらにゴブリンが現れる。ざっと見て、10体はいる。みんな何かしらの武器を持っている上に、洗ってない犬みたいな臭いがする。
臭い。てか、どれだけ倒しても数が全然減らないように見える。酷い光景だ……。
けれど、アマネちゃんは表情を変えることなく魔法を行使し続ける。
私、何もしないままでいいのかな。
守られてばかりは嫌だ。私だって、役に立ちたい!
アマネちゃんみたいな武器でもあればいいけど……って、そういえばアマネちゃんが倒したゴブリンが刀を持っていたはず。
周囲を見回して、少し離れた地面に刀が突き刺さっているのを見つける。刀へと近づいて腕を伸ばすと――。
「ダメ! それは呪われてるわ!」
「っ!」
アマネちゃんの声が響き、寸でのところで手を止めた。呪われてる……って、どういうこと?
刀へ向けていた視線をアマネちゃんへと戻す。彼女は最後のゴブリンを倒したところだった。
ふぅ……と息を吐きながら、アマネちゃんは私の方へ歩いてきた。目の前でしゃがみこむと、突如、私の手を取った。ふにふに、と手を揉みながら心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫? 何ともない?」
「う、うん。私は大丈夫だけど、呪われてるって?」
「モンスターが一度でも触れた武器は呪われて使えなくなるの。もし、それに触れると身体が溶けたり意識を乗っ取られてゾンビ化してしたりする」
「ひぃっ……」
あ、危な……。あと少しで恐ろしいことになるところだった。
あと少しで恐ろしいことになりかけていたみたいだ。アマネちゃんに止めてもらってよかった。けど……。
「……ごめんね。私、何も役に立てなくて」
「ううん、大丈夫」
俯く私に、アマネちゃんは頭をポンと撫でていってくれた。
「私、強すぎて誰にも助けてもらったりされなかったの。だから、リオンさんの気持ち、本当に嬉しいよ」
私は大したことしてないのに。
そんなことで喜ぶなんて……。
「……もしかして、ずっと独りぼっちだったの?」
「……」
アマネちゃんは答えない。
それが答えだった。
「ご、ごめんね。無神経だったよね……」
「ううん。慣れてることだから」
そう答えるアマネちゃんの表情は、どこか寂しそうだった。全然、慣れてないじゃないか。
「あのさ!」
思わず、そんな彼女の手を取った。アマネちゃんが驚いて目を見開く。
「だったら、私が友達になってもいいかな!?」
「え……?」
「私にも友達がいないって言ってたでしょ。でも、それってすごく寂しいことだと思うから」
前世で、私は引きこもりのニートだった。会社を一年も経たずに辞めて、成人式にも顔を出さずに。
一人の生活は気楽だった。誰かに気を使うこともないし、自分のことだけを考えればいいから。
それでも、寂しいっていう気持ちが埋まることはなかった。
アマネちゃんも同じ思いを抱いているのなら友達になりたい。おせっかいかもしれないけど、私にできることはこれくらいしかないから。
「あっ、でも役に立たない私なんかじゃ、むしろ迷惑かな……」
「迷惑じゃない! でも、それは私があなたを助けたから言ってくれてるの?」
「ううん。助けられた恩を返したいって気持ちもあるけど、それとはまた別だよ。私は、寂しそうな君を放っておけないんだ」
「ッ……」
握りしめたアマネちゃんの手に指を絡ませて、顔を寄せる。宝石みたいに綺麗な瞳が私を見つめていた。
「それに、私自身も友達がいなくて寂しいの。無理にとは言わないけど、友達になってくれたら嬉しいなって」
「……そんなこと、初めて言われたわ」
ぱちくりと目を瞬かせ、アマネちゃんは小さく笑った。
「分かった。こちらこそよろしくね」
アマネちゃんが小指を立ててこちらに差し出してくる。指切りって、この世界にも存在するんだ。感心しながら、彼女の小指に自分の指を絡ませた。
こんなことするの、小学生以来かも。なんだか照れくさくて、思わず笑みがこぼれた。
約束を交わした私たちは、再び出口へ向けて歩き出した。さっきまでは少し距離が離れていたが、今度はすぐ隣にアマネちゃんがいてくれる。何だか安心する。私一人じゃ戦えもしないからね。
やがて、私たちの前に階段が見えてきた。上の階から光が差し込んできているのを見て、アマネちゃんが息を吐いた。
「ここが出口みたいね」
「よかったぁ。無事にダンジョンから出られそうで……」
お互いに安堵しながら、アマネちゃんを先頭に階段を上り始めた。洞窟をそのまま削って作った階段のようで、一つひとつの段差の幅がバラバラだ。少し歩きづらい。
下を注視しながら階段を上る。その時、頭に何かがぶつかった。顔を上げれば、アマネちゃんが立ち止まっていた。
「アマネちゃん?」
どうしたんだろう?
不思議に思いつつ、彼女の隣に並んで立った。そして、目の前に広がる光景をみて全身の肌の毛が逆立つのを感じた。
「何、これ……」
階段を上った先は地上ではなかった。ひんやりと冷たい空気を呑み込みながら、私はポツリと呟く。
「祭壇……?」
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