「落ちこぼれって……どういうこと?」


「私たちの学園には、学年序列というものがあるの。三ヶ月に一度行われる試験や、ダンジョンの攻略数を基に順位付けしたランキング。その学年序列によって、私たちが身に着けているタイの色も変わるわ」


 アマネちゃんの胸元を飾るのは黒いタイ、対して私の胸元にあるのは白いタイだ。


「白いタイは学年序列最下位の証。そこから緑、青、赤、黒という順に序列が上がっていくわ」


「アマネちゃんは学年序列も上位なの?」


「私は学年序列一位よ」


 私と真逆じゃん。

 学年一位なら目立ちそうだし、さっき記憶喪失を疑われたのもそのせいかな。


 私が学年序列最下位なのも頷ける。クマに襲われた時だって何もできなかったし。アマネちゃんは魔法が使えるみたいで羨ましいな。


 何てことを考えていると、アマネちゃんが「ん?」と首を傾げた。見つめる先には、私の膝。そういえば、さっき転んだ時に擦りむいていた。ちょっとだけ赤い血が滲んでいる。


「まずは怪我の治癒からやらなきゃね。治癒の魔法が使えるからじっとしてて」


 おぉ、また魔法が見られるんだね!


 こういうところはとてもファンタジーらしい。思わずワクワクしてしまう。


 アマネちゃんは先端が三日月の形をした杖を持ちながら正面にしゃがみこんだ。手にした杖に力を込めると、先端の三日月が淡い緑色に覆われ始める。


 異変が起きたのはその時だった。


 私の膝にあった傷が、瞬く間に塞がっていく。痛みも消え、三十秒も経たない間に傷はなくなってしまった。


「おお! 魔法ってすごいんだね。ありがと――」


「……違う」


「へ?」


 顔を上げれば、アマネちゃんが難しそうに眉を寄せていた。杖に覆っていた緑色の光も空気に解けるようにして消える。


「私、魔法を使ってない。なのに傷が治った」


「へ?」


 魔法がないのに傷が治るなんて……どうして?


 転生前の記憶がないことといい、不思議なことばかり起きているみたいだ。


「……まあいいわ。ひとまず、ダンジョンから脱出しましょう」


「やっぱり、ここってダンジョンだったんだ」


「ダンジョンのことは覚えてるの?」


「う、うん……少しだけね」


 まあ、私が覚えてるのは漫画やゲームとかのダンジョンだけどね。さっきのクマも魔物なのだろう。


「でも、いいの? アマネちゃんもダンジョンを攻略してたんじゃ……」


「大丈夫。私以外にも、攻略を目指してる人はいるから」


「そうなの?」


「ダンジョンは、私たちの通う学園のクラス全員でやってるの。ダンジョンに住む魔物は、時折、地上に出て人を襲うわ。ダンジョンはいつ、どこで出現するかは分からない。だから、発見次第、すぐに消失させなきゃいけないの」


「消失って、どうやって?」


「ダンジョンの最奥にいる《フロアボス》を倒すの。ダンジョンで一番強い魔物だけど、それを倒すことでダンジョンは消失する。早くダンジョンを消失させるためにも、クラス全員で攻略に挑んでいるの。ちなみに、ダンジョンを攻略した数も学年序列に反映されるわ」


「だ、だったら、なおさらアマネちゃんを巻き込むわけにはいかないよ!」


 アマネちゃんは学年序列一位だって言ってた。もし、私を助けるために攻略を諦めたら、順位が入れ替わるかもしれない。せっかく一位なのに、私のせいで落ちるなんてもったいない!


 けれど、アマネちゃんは小さく笑った。


「序列なんて気にしてないから大丈夫よ」


 アマネちゃんがそう言うなら、大丈夫なのだろう。けど、せっかく一位になれたのに、それを手放すようなことをしていいのかな。少し不安になる。


 それに、気になることはもう一つある。


「アマネちゃんは、どうして私を助けてくれるの? もしかして、私たちは友達だったとか?」


「ううん。ほとんど話したことない。でも、私は学年序列一位で浮いてたし、あなたは落ちこぼれで誰からも相手にされなかった」


「成績は真逆なのに、似た者同士みたいだね」


「……そうかも。だから、助けちゃったのかしら」


「え?」


「他のクラスメイトなら助けなかった。みんなは、自分が少しでも順位を上げようと必死だから。自分に不都合な人は切り捨てて、自分のことだけを考える人ばかり。私もいつも敵視されてて、学園の中でもいつも居心地が悪いの」


 学年序列一位のアマネちゃんが孤立してたなら、私も言わずもがな。周りから疎まれている光景が、嫌でも目に浮かぶ。


「さて、そんな話は置いておいて行きましょうか」


 アマネちゃんは立ち上がると、スカートの埃を払った。ダンジョンの出口へ向けて歩き出そうとする彼女を追って私も足を進める。


 アマネちゃんは、ずっと独りぼっちだったのかな。他の子との関係も悪いみたい。ただ、本人は寂しいのを隠そうとしている。我慢する方がもっとつらいはずなのに。


 何とかしてあげたいな。そう思いながらも、私はアマネちゃんに連れられてひたすらダンジョンの中を歩き続けた。


 ダンジョンはどこを歩いても同じような景色が続いているようしかみえない。通路も一本道じゃないし、迷路そのものだ。アマネちゃんは迷うことなく進んでいる。通ってきた道を覚えてるのかも。


 そう思いながら歩くこと十数分後。


 アマネちゃんがふと立ち止まった。


 周囲を見回し、顎に手を宛がい、しばらく考えると……。


「……迷ったわ」


「道、分かってて歩いてたわけじゃなかった!?」


「こんなに入り組んだ道を覚えられるはずがない。でも、大丈夫だと思った。私の勘、よく当たるし」


 アマネちゃんは自分の頭を指さしながら言った。


 ……マジの顔だ。


 とはいえ、私もダンジョンの道は分からない。ここまで、どうやって道を進んできたのかも覚えてないし、どうしよう。


 頭を悩ませていると、アマネちゃんが「あっ」と声を上げた。


「前から何か来るわ」


「え?」


 彼女が指さした先には通路があった。暗闇のその向こうから、『キィ、キィ!』と甲高い声が響いてくる。


 アマネちゃんが私を守るように目の前に立ちはだかる。杖を構えると、洞窟の向こうの暗闇へと目を見張った。


 声はその間にも徐々に大きくなる。砂利を蹴って、何かが駆けてくる音。それはやがて私の目に見えるものとして目の前に現れた。


 私たちの前に現れたのは、体長1メートルほどの緑色の鬼――ゴブリンだった。


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