幕間 煌杜傾<コウモリケイ>


>とあるパソコンからのメッセージ


 そいつは人間だ。

 紛れもなく人間だ。

 人間のはずだった。

 いや。

 まだ。

 そいつは。

 どうしようもなく。

 人間だ。


 ///


 僕ってばなんて天才なんだろう!

 人智を超えるってばこういう事だよね!

 金毛九尾式情報捜索網、通称、『九尾機関』

 僕が手に入れた「九尾の尾」その一本を使って発明した新たなネットワークシステム!

 新検索エンジン!

 情報収集AI!

 あのジャンクに負けないオーバースペックだ。

 だけど絶対に確度の差であいつに負ける。

 対象暫定名称「九十九幽夜」

 学校の七不思議が七番目、「学校の裏番長」こと櫻坂桜を用心棒にしてアヤカシ狩りをしている商売敵にしてビジネスパートナー。

 矛盾している?

 いやいや。

 互いに牽制はしているけれど。

 あいつと俺は親友さ。

 腐れ縁ってかっこいい響きだよね。

 甘美というか退廃的だ。

 おっと閑話休題。

 本題と行こう。

 僕の名前は煌杜傾こうもりけい

 通称「カシグくん」だ。

 だいたい初見で僕の名前を読めない人が頭を傾げるからそう名乗るようになった。

 そんな極々一般的な生徒の一人である僕の目的はただ一つ。

「アヤカシになる事だ」

 僕は誰に向けるわけでもなくクールに告げた。

 赤いメッシュがチャームポイントだぜ。

 学生服のアレンジはまだしてない。

 入学したてだしね。

 紺色の学ランに身を包み。

 きっちりと第一ボタンまではめている。

 なんの話だっけ。

 そうそうアヤカシ。

 僕がこの学校に入学した日の事だ。

 黒髪黒目のスカート丈を限界まで伸ばしたセーラー服の先輩が僕にとあるものを渡してきた。

 察しの良い人はもう分かったてるね?

 そう、それこそ九尾の尾だ。

 僕はその尻尾の解析に夢中になった。

 一目見た瞬間から、一房に触れた瞬間から、それが尋常の者ではない事に気付いていたからね。

 顕微鏡で覗き、薬品に漬け、火で焙ったりもした。

 しかし全て変化無し、だ。

 そんな物質あってたまるか。

 王水にまで漬けたんだぞ。

 だが唯一、反応を示したのが。

 電気ショックだ。

 電気を九尾の尾に流すと痙攣する事が分かった。

 それだけかって?

 分かってないな。

 僕はその痙攣にパターンを見出した2進数だ。

 0と1のパターンに置き換える事によって九尾の尾はプログラミングをしている事が分かった。

 僕は急いで専用の設備を整えてパソコンに尾を接続した。

 するとどうだ。

 その膨大な量の情報はあっという間に僕の自作PCをオーバーヒートさせた。

 これでもとびきりのパーツを集めたスパコンまではいかなくても真に迫るくらいの出来だったんだぜ?

 それが一夜でおじゃんだもんな。

 流石にあの日は落ち込んだよ。

 すぐさま僕は月見里大学のスパコンにアクセスして(ハッキングともいうかな?)情報ラインを構築した。

 これでオーバーヒート問題は一応解決。

 大学は謎のデータ通信量の増加に悲鳴を上げている事だろうけど。

 かわいそうに。

 科学に犠牲はつきもの。

 なんて言ったのは誰だろうね?

 少なくとも僕じゃない。

 というわけで僕は尾から情報を得た。。

 アヤカシの存在、月見里学園七不思議の実在、九尾の進退、九十九幽夜、神エトセトラエトセトラ。

 僕が思うに。

 その時、僕が一番興味を惹かれたのはまず間違いなく、九十九幽夜だった。

 お化けパソコンと幽霊生徒の複合存在。

 だが僕が注目したのはそこじゃない。

 彼が「人間になろうとしている」というところだ。

 まさかこの世に僕と正反対の事を想っている奴がいるんて思わなかった。

 そう「アヤカシになりたい」僕と真逆を行く彼とは仲良くなれると思った。

 そうして取ったファーストコンタクトは。

「帰れ」

 の一言で終わった。

 まあアポなしだったし?

 九尾の尾の事も隠していたし?

 ただの一般生徒が紛れ込んだと思われても仕方ないよね?

 だから僕はセカンドコンタクトでこう告げた。

「やあやあ電脳探偵の九十九幽夜くん、僕こそ新世代人類の代表こと煌杜傾だ」

 あの時の彼の冷ややかな目線、今でも忘れないよ。

「事前にアポは取っただろう?」

「……お前が『蝙蝠屋』か」

 蝙蝠屋、それは僕の情報屋としてのハンドルネーム。

 カシグくんと悩んだ挙句にそっちに決めた。

 でも紛らわしいので。

「カシグくんでいいぜ? 幽夜くん」

「馴れ馴れしいやつだな」

 とことん嫌われているみたいだ。

 だけど。

「君、『依頼』を受けて『神』とやらに『人間』にしてもらう『約束』をしたんだってね?」

「お前どうしてそれを」

 あの時の顔はおかしかったな。

「まあまあ僕もその神とやらに言われたんだ、『上手くやればお前をアヤカシにしてやる』ってね」

 嘘だけど。

「お前、それがどういう意味か――」

「まあまあまあ、皆まで言うなよ親友、これは交換条件だぜ」

「はあ?」

「僕がアヤカシになる、君が人間になる。等価だろ?」

 九十九幽夜は訝しげにこちらを睨むと、僕の方に詰め寄って来た。後で知った事だけれど、九十九幽夜が人に積極的に接近する事はそこそこ珍しいそうな。

「アヤカシってのは、いるだけで人間に害を為す癌細胞みたいな存在だ。それになりたいだと? 新世代人類とやらの頭には蛆が湧いているのか?」

 ひどい罵倒が来たもんだ。だけど想定内。

 返し文句はこうだ。

「害を為す? 君が?」

「……それは」

 そう彼もまたその癌細胞の一つであるはずなのに。

 まるで抗癌剤のような働きをしている。

 これは大いに矛盾している。

 そこを突いた。

「僕は君になりたいんだよ九十九幽夜」

「お前の名前は知っている煌杜傾、お前は俺の敵だ」

 敵と来た、おっかないね。

 僕はそれを諭した。

「おいおい冗談きついぜ、こっちにはいつだって点火出来る爆弾があるのに」

「なに?」

「月見里学園七不思議が七、学園の裏番長、その正体見たり枯れ尾花、そんな噂が立ったらどうする?」

 僕は九十九幽夜に胸倉を掴まれた。なかなかに力があるな。

 僕はそれを振り払うとわざとらしく咳き込んでみせた。

「脅しのつもりか」

「冗談、交渉と言ってくれ」

「何が目的だ」

「言ってるだろ等価交換だ」

 九十九幽夜が眉を顰める。

 僕は口角を吊り上げるて。

「君がアヤカシを退治して人間になる。そのタイミングで僕が人間からアヤカシになれるように算段を立てて欲しいんだ」

「無理だ、そもそも僕が――」

「自分が人間になれるかどうかも分からない? いいやなれるさ、これは予言だぜ、いいかい幽夜、神ってやつは気まぐれだが約束は人間よりは破らない方の奴だ。実在するならな」

 九十九幽夜は黙って僕の言葉の先を待つ。

「九尾の尾、その実、二つの在り処を俺は知ってる、残り七つだが、それは七不思議と遠からず関係がある、九尾退治は終わってないんだよ幽夜、神はお前にこう言ってるのさ、人間になりたきゃ九尾を完全に殺せ。ってな」

「分かっているよそんな事だがそれを許容すると――」

「自分で自分の存在を否定する事になる。だろ? 七不思議の複合存在くん」

「お前、もうアヤカシなんじゃないのか、サトリ辺りの」

「そんなメジャー妖怪になった覚えはないさ! だけど嬉しいね、軽口を叩けるくらいには僕らは仲良くなれたみたいじゃないか」

 ひどく嫌そうな顔をしていたなぁ。

 おっかしいのなんのって。

「大丈夫、君に九尾の尾が付いてない事は僕が保証しよう、親友としてね」

「じゃあ」

「じゃあ誰が、いや何が、いやどの七不思議が九尾の尾を持っているのか、それは分からないんだな。だけどこれだけは言える。今、九尾の尾を持っている七不思議は『一つ』だけだ」

 また僕は嘘を吐いた。

 一つは僕が持っているのでそれを除いた全部をそいつが持っている。

 というお話。

「いずれ分かるって?」

「ああ僕ならね」

「お前の力なぞ借りん」

「つれないなァ、今日のところはこれくらいできり上げるけど、次に会う時にはいい返事を待っているぜ? じゃないと」

「なんだ、枯れ尾花か?」

「いいや? 君の『依頼』を僕が先に掻っ攫う事もあるかもね、とだけ言っておこう」

「おい待て!」

 僕はもうその場にはいなかった。

 これでも元陸上部だったりするんだぜ。

 PCに出会うまではの話だけど。

 そんな訳で「カシグくん」こと「蝙蝠屋」こと煌杜傾の計画。

 いや、そうだな、ここは洒落を効かせて。

「傾画を始めよう」

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