第3話 因蛾応砲の解


 あたしはソイツを体育館裏に呼び出した。

「な、なんですか……?」

 そいつは、編集担当の飯岡だった。

「そんなおっかなびっくりするなよ、なあ

「!?」

 これまで物語に出てないヤツが来てビックリしたか?

 あたしもビックリだ。

 幽夜に聞かされるまではずっと部長の日暮火奈が遊蛾なんだと思ってた。

 そういうメールだったしな。

 でも幽夜はこう言ってた。

『いいか? 遊蛾は影に情報収集させてる。つまり、歪曲は別の奴がやってるし、拡散も別の奴がやってるんだ。そして収集と拡散は遊蛾が手を下す必要もなく行われる。それが新聞部だからな。だけど『歪曲』こればっかりはどうしようもない、自分で手を加えるしかない。それが出来るのは取材担当の部長じゃなくて――』

「編集担当が遊蛾だってな」

「ちっ! せっかく影を部長に移す所までは上手く行ったのに!」

「うちの頭脳担当にお前は負けたんだ」

「あの時、部室に来たアヤカシだろう! あいつは新聞の力で伝承ごと消えたはずだ!」

「はははっ、思った通り騙されてやんの」

 飯岡は――遊蛾は――苦虫を噛み潰したような顔をする。

「おいおい面がぐしゃぐしゃだぜ?」

「お前から殺す」

 口笛を吹いてみせた。

 けしかけるように。

「次代の九尾は私だァ!!」

 真っ青に染まった巨大な蛾が人間の殻を脱皮して現れる。

 私はニヤリと笑いながらその牙を受け止める。

「その九尾を倒したのは誰か……知ってるか?」

「なんだこの怪力――まさか!?」

「裏番長ってのはあたしの事だ――ヨッ!!」

 牙をへし折る。

 錐もみ飛行で落下する遊蛾、パサっと地面に倒れ伏す。

 あたしはソレに馬乗りになると。

 羽根に手をかけた。

「なにを――ぎゃあああああああああああ!?」

 一思いに引き千切った。

 ああ、この感覚は九尾から尻尾を引き千切った時に似ている。

 というのだろうか。

 私はこういう時にどうしようもなく愉悦を覚える。

 別に弱者をいたぶるのが趣味なんじゃない。

 強者と自分で思っている奴を引きずり降ろすのが楽しいのだ。

 もう片方の羽根も片手間に引き千切った。

「たった二枚かよ。九尾のが歯ごたえあったな」

「ま……まだ……」

「しぶといやつだな……えっと、どうすんだっけ、確か封印の呪文は――ああもういいやスマホのメモ見よ」

 這いずる遊蛾を踏みつけその場に縫い付けると。

 まるで標本みたく動かなくなった。

「あったあった。『我、七不思議が一人としてこの学園の平穏を守る者なり、勝者に審判の決断は下される。お前の運命は――』うーん……禁固500年くらいでいい?」

「し、死ぬ!?」

「あっそ」

 私はスマホをしまい、封印の印を手で結んだ。

 これだけはで出来る。

 特撮ヒーローの変身ポーズみたいでかっこいいからだ。

 その前の呪文は長ったらしくて覚えていられない。

 遊蛾は断末魔を残す暇も無く消え去った。

 私は一目散に幽夜の下に駆け出した。


 一方その頃。


「やあやあ、消えかかってる哀れなジャンク君」

「何しに来た

 金糸の長髪に朱色の瞳をした女。

 そいつこそが、怪力乱神の退治したはずの九尾その人――そのアヤカシ――であった。

 学生服に身を包んだ女は言う。

「お前の力が半分弱まったからこうして私も半分出てこれたのさ」

「ふん、そのうち治る」

「そうかい、その間に娑婆を楽しもうかねぇ」

「禁固千年は不服だったか?」

「足りないくらいさね、わたしにとってはね」

 減らず口を、と思ったが身体が重い。

 まだ伝承を削られた効果が消えていないのだ。

 遊蛾自体の存在が消えた事は確認しているのだが。

「随分苦しそうじゃないか? わたしが直してやろうか?」

「結構だ。さっさと帰れ、でないとアイツが来るぞ」

「おおこわやこわや、じゃあ帰るとしようかねぇ」

 その場を去ろうとする元金毛九尾の狐は最後に。

「わたしの尾っぽは元気だよ」

 とだけ告げた。

「知ってるよ……嫌ってほど」

 そう虚空に返した。

 それからしばらくして怪力乱神がやって来る。

 まだ身体が消えかかっている僕を見て慌てふためいている。

 この光景をしばらく眺めているのも面白いが。

 そろそろ限界が来たので怪力乱神にとある事を告げる。

 それは僕の伝承を取り戻すためのアイデアだった。


 翌日。


 校内新聞には小さく『前回の記事に誤りがあった事のお詫び』の文字が並んだ。

「あんなんで回復すんのお前」

「うるさい、僕だって気にしてるんだ」

 些細な伝承扱いされるのは業腹であるが背に腹は代えられない。

 怪力乱神が遊蛾を封印した事。

 訂正記事が載った事。

 これによって僕の伝承は取り戻された。

 七不思議は再び同じ座に戻り。

 あの元九尾もただの、普通の、黒髪黒目の女生徒に戻っているだろう。

 羨ましい事だ。

 だけど、これにて一件落着だ。

 しかし元九尾は告げている。

『わたしの尾っぽは元気だよ』

 その言葉が頭の中で反響する。

「僕はいつになったらただの――普通の人間になれるんだろうな」

「なんだっけそれ、神様との約束? だっけ?」

「ああ、いるかどうかも分からない神様との、な」

 アヤカシを封印し続けろ、そうすればお前の望み、人間になりたいという望みは叶うだろう。

 僕が自我を手に入れた時に初めて聞いた言葉がそれだった。

 その後、九尾が襲来し、後を追うように、怪力乱神がやって来た。

 その話は長くなるので割愛させていただく。

 僕はパソコン――自分自身――に向かう。

 キーボードを叩く事無く文字を打つ。


 ReRe 名無しさんがお送りします

 

 事件解決


 ――『幕間 雑談』に続く――

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