第2話 因蛾応砲の怪
――それは誘蛾灯に集る羽虫の如く己が身を焼くだろう。
来たメールの内容は以下である。
Re:名無しさんがお送りします
アヤカシ名:
能力:情報の収集、歪曲、拡散
対象生徒:日暮火奈
「また厄介な相手だな、おい怪力乱神、この日暮って生徒に心当たりは?」
「ん? ひぐらし……ひぐらしひな……ああ、新聞部の部長だな」
「bad!! 最悪だ!!」
「そうか?
こいつの中に文武の区別は無いらしい。
僕は辟易する。
「いいか、お前が手を出すとアヤカシを撒き散らすハメになるんだよ。今回の対処は僕がやる」
「へぇ、意外だな、幽夜からそんな事言うなんて、いいぜ、ただしあたしはお前の用心棒だ。ついて行く」
こんな物騒なヤツ、好き好んで雇うものか。
そんな言葉を飲み込んで僕らは新聞部のある部室長屋へと向かう。
校舎から見て部室長屋の一番奥に新聞部はあった。
僕は新聞部のドアを三回ノックする。
『どーぞー』
「失礼する」
「どもー」
「誰? あんたら? 入部希望者?」
僕はにやりと笑うとこう言った。
「タレコミに来た」
「……へぇ?」
最初の食い付きは上々。
これから口八丁手八丁しなければいけないのだが。
「内容を聞かせてくれるかしら、あ、自己紹介が遅れたわ――」
「日暮火奈さん、だろう?」
「あら、まあそうよね、わざわざタレコミに来るぐらいだもんね」
無論、彼女は納得するだろう。
僕は話を進めようとしたのだが。
そこで。
「あたしは櫻坂桜! よろしく!」
と横の怪力乱神は言い放った。
余計な事をしてくれるな……。
僕は咳払いをすると。
新聞部部長の視線をこちらに向ける。
「申し訳ない、話の腰を折ってしまって。タレコミの内容についてなんだが――」
「ああ、それあたしも気になってた」
だから話の腰を折るな!!
僕は内心で怒りながら話を続ける。
「えーこの学園の七不思議について、なんだが」
「……あー、悪いけどそういうのはオカ研に行ってくれない?」
「オカ研は去年、定員を割って廃部になったばかりだ」
「……そういえばそうだったわね」
その最後の部員こそ、九尾本人だったわけだが、その話は割愛する。
「それにこれはビッグニュースだと思うぜ」
「七不思議が?」
「そう、七不思議の第六『夜中に校舎を練り歩く美少年生徒の噂』これが本当だったとしたら?」
そこまで聞くと日暮火奈は鼻で笑った。
「それ共学化前の生徒達の願望でしょ? それにもし、いたとしたってそれただの不法侵入者じゃないの?」
ここまでは想定通り。
2000年問題も通り抜けたオーバースペックのこの僕だ。
証拠を突きつける。
それは生徒手帳。
「発行年月日を見てみろ」
「え……っと? 19XX年? なにこれ」
「僕がその幽霊生徒である証だ」
セピア色の証明写真を見せつける。
しかし。
それも鼻で笑われた。
「今時、文書偽装なんて小学生でも出来るわよ」
なっ――!?
「そんな紙屑で新聞に載ろうだなんて甘い甘い、さ、用が済んだなら帰って」
「だったら! この生徒手帳に書いてある名前『九十九幽夜』という生徒がいるかどうか、そして、かつて存在したかどうか! 職員室に聞きに行くといい! 答えはNOだ!」
「ふーん、よっぽど自信あるんだ。ま、珍しい名前よね。でもそれがいないから何?」
どうして本当の事を言ってるのにこうも食い付かない?
僕自身が餌になった意味は?
蛾の影は視えているというのに。
アヤカシの影、残滓とも言えるそれは同じアヤカシである僕や。
……隣にいる突然変異とかには視えているのだ。
それは確かに巨大な蛾だった。
日暮火奈の肩にとまった巨大な蛾。
体長一メートルほど。
影でそれだ。
本体は人間一人分くらいはあるだろう。
しかし、どうにもおかしい、遊蛾の性質の一つは「情報の収集」ではなかったか?
もっと情報を欲する獣みたいなのを想像していたんだが。
「それより今の話題はコレなのよ! 学園の『裏番長』!!」
僕は思わず吹き出しそうになった。
「お、おい! それこそ学園七不思議の第七じゃないか! 自己矛盾してるぞ!」
それにその正体は――そう事もあろうに隣にいる怪力乱神である。
第七を冠する事から分かるようにこいつは九尾から七不思議の座を奪い取ったのだ。
末恐ろしい、アヤカシから伝承を奪い去る人間などいてたまるものか。
しかし、九尾が退治された事ですっかり学園の七不思議は塗り替えられてしまい。
第七は裏番長になっている。
「ああ、それならあた――」
「ちょっと待った!」
僕は怪力乱神を遮って言葉を放つ。
「僕は七不思議の一人、もちろん、その裏番長とも知り合いだ」
「!? それ本当!? じゃ早速だけど取材を――」
「ただしその前に条件がある」
「なによ」
むすッとした顔、出鼻をくじかれたと言った風。
僕は満足気に微笑むと。
「僕の正体を突き止めて新聞に載せるんだ。それが交換条件」
「……それだけ?」
「言ったろ、僕は幽霊生徒なんだ。これは難題だぜ?」
「簡単よ! 月見里学園新聞部の名にかけて! あなたが何者なのか! 突き止めてあげようじゃないの!」
新聞部は新聞部であって探偵部とかではないはずなのだが。
まあいい。
元の目論見には乗った。
あとはレールを見送るだけだ。
「じゃあ今日の所はここで失礼する。調査結果と記事に期待しているよ」
「あっ、おい幽夜!」
怪力乱神の引き留めにも振り返る事無く。
僕はその場を後にする。
その後パタパタと走り去る日暮火奈の姿を見かける。
「準備万端、後は仕掛けを御覧じろ」
「五郎と次郎がどうしたって?」
そんな北極物語みたいな事は言ってない。
――翌日――
「よお、幽夜……っておい!? お前!?」
「やあ、怪力乱神、元気そうじゃないか」
「お前どうしちまったたんだよその身体!」
そう僕の身体は透けていた。
しかし、ここまでは目論見通りだ。
「どうして、か。今日の校内新聞を見てないのか?」
「校内新聞?」
僕は紙切れを手渡す。
そこには大文字で。
『幽霊生徒、実在セズ!!』
の表記。
「なんだこれ……」
「遊蛾の力さ、情報の収集、『歪曲』、そして拡散、その結果が現れただけだ」
「お前の伝承が否定されてるってこったろ!? それじゃアヤカシは存在を保てねぇってお前が言ってたんじゃねぇか!」
「だからと言って、お前に力を失ってもらっても困るんだよ。決戦にならないだろ」
「決戦だって?」
少し強張った表情が緩みかけたのを僕は見逃さなかった。
「幸い、僕は二つの七不思議『倉庫奥のお化けパソコン』と『夜の幽霊生徒』の複合存在だ。一瞬で消える事は無い。でもお前のその馬鹿げた力は今、まさに学園からさらにブーストされている。その力を失わない為にも僕が餌になるのが最適解だったんだ」
「幽夜……馬鹿野郎」
「さあ、
「……応」
僕は彼女の背を見送った。
目指すは部室長屋の最奥。
遊蛾の正体は怪力乱神に伝えてある。
あとはまあ。
せいぜい僕の嫌いな喧嘩でなんとかしてもらおう。
やれやれ、結局アイツ頼りなのが腹立たしい。
――『因蛾応砲の解』に続く――
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