電脳探偵九十九幽夜の怪奇譚

亜未田久志

第1話 九十九幽夜の独白


 僕の名前は九十九幽夜つくもゆうや

 パソコンの付喪神だ。

 そう人間じゃない。

 僕は古い倉庫の奥で自我を得た。

 そしてある日、シャッターを蹴破ってソイツはやって来た。

 それ以降、ソイツの事は「怪力乱神」と呼ぶようにしている。

 長いからやめろと言われているが僕はやめる気はない。

 今日もそいつはシャッターの穴から入り込んで来た。

「出たな怪力乱神」

 僕の名づけ親にして憎き相方。

「だーもう、何度も言ってるだろ、あたしには『櫻坂桜』って名前があるんだからよ」

「……」

 桜って名前で怪力……どこかから怒られそうだ。

 友情、努力、勝利。

 僕の嫌いな言葉である。

「なんだそんな気だるげな顔して、何か嫌な事でもあったか?」

「今、現状が嫌だ」

「そうかそうか! それは良かった!」

 こいつは脳細胞が筋肉で圧迫されているんじゃないか?

 そう思ったが言わないでおく。

 僕だって死にたくはない。

 だってこいつはあの九尾を素手で殺した女だ。

 今でもあの時の事を思い出すと僕は。


 怯える

 怯えない


 怯える。

 人間じゃない僕にだって怖いものくらいある。

 あれは最低最悪の頂上決戦だった。

 だから最低限のラインは見極めているつもりだ。

 それがまあ「怪力乱神」なのだが。

「よお、そんな事より『依頼』は来たか?」

「言っとくけどな怪力乱神、僕は妖怪ポストじゃないんだ」

 そう僕の本体、古ぼけたパソコンにはいまだにメールが来る。

 それがコイツの言う「依頼」だ。

 そのメールとはこの学園に現れた「アヤカシ」の「情報」である。

 此処、私立月見里やまなし学園の幽霊生徒である僕は。

 いつもこの倉庫にいる。

 その存在を知っているのはコイツ、怪力乱神だけだ。

 そしてアヤカシの存在を知っているのも。

 かつてこの月見里学園は九尾に支配されていた。

 しかしこいつが九尾の尻尾を一本一本、素手で千切って捨てたおかげで開放され、女子校だったのが共学になり、僕も表立って歩けるようになった。

 歩く気はないが。

 それに妖怪の支配から解放された事と共学化の関連性を問われると話が長くなるので割愛させていただく。

 それより目下の問題は目の前のこいつをこの安住の地からどうやって追い出すかだ。

「今日もメールなんて来ない。平和万歳、万々歳だ。だから帰れ」

「腕が鈍って仕方ねぇんだよ。あたしは喧嘩したいんだ!」

 その細腕でどうやって九尾の尾を引き千切ったのか疑問でしょうがない。

 腕を力ませているが力こぶ一つ出来ていない。

 アヤカシより怪しい奴だ。

 さて、と。

 アヤカシについておさらいした方がいいだろうか?

 僕自身もアヤカシに属するから他人事ならぬ他アヤカシ事ではないのだが。

 まあ要するに「伝承の具現化」がアヤカシである。

 僕はこの月見里学園七不思議の二つ。

「第五の不思議、倉庫奥のお化けパソコン」

 と。

「第六の不思議、女子校に現れる謎の美男子生徒」

 が合体して出来たものだ。

 前者はただの事実だし。

 後者はただの願望である。

 ちなみに第七が「九尾伝説」だった。

 第一から第四はまだ僕も知らない。

 まだ、と称したのは。

 いずれ僕のようにそれらが具現化する可能性があるからだ。

 その原因もまた。

 目の前に居るコイツ、怪力乱神である。

 こいつが九尾の尾を辺りにばら撒いたせいで学園内のアヤカシが活性化してしまったのだ。

 おかげで僕の本体のパソコンは常にデフラグしている様な状態になってしまった。

 だからメールなど来るはずなどないのだが……。

 ポコン! と軽快な音が鳴る。

「お! 来た来た!」

「はぁ……」

 やれやれ、どうしてこうなる。

 僕は平穏な学園生活を過ごしたいだけなのに。

 そう、僕は人間になりたかった。

 そしてこいつ怪力乱神は。

「さあてアヤカシに殴り込みだ!」

 アヤカシみたいな女だった。

 これはそういう物語。

 人間になりたい異物と異物みたいな人間の破綻した出会いと別れの物語。

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