目覚めて残像

昼、芸術都市、南東部——————


 倦怠感けんたいかんの中から意識を起こす。


 ぱちりと開いた瞼は重く、眼球の奥底は取り入れた陽光に痛みを憶えていた。

 寝ぼけ眼で体を起こしたヒューズは、弛緩しかんして機能性がとぼけた表情筋を、両手で揉み解す。

 ここで両手を止めて、一度思考を整理する。顔を覆った指の隙間から、ちらりと窓を覗き見る。昨日の出来事が衝撃的だったせいだろう。ヒューズには、あの向こうで兵士の宣言が行われているような気がしてならなかった。


 再び視界を暗闇で満たして、一呼吸置き、そうして勢いよく立ち上がった。


 空気を入れ替えるべく窓を開けたヒューズ、見上げた時、太陽はすでに頂へ上っていた。

 昨夜はジャックと宿に戻り、彼は隣室に入っていった。

 彼がこの都市にいるのも今日まで、最後の挨拶をすべく隣室に向かおうとしたが、テーブルの上にある物に気付いた。手に取るとそれは置手紙だった。


『昨夜はご苦労だった。最後に挨拶できなかったのは残念だが、寝ているうちに俺は都市を出た。部屋の窪みがある床板を開いてみろ。好きに使うといい』


 床のくぼみを探すヒューズ。確かに床の一部に指が入りそうな隙間があり、床板を持ち上げると麻袋が出てきた。重量がある麻袋の中身をテーブルに並べると出てきたのは四本のナイフだ。


 そこで雑念が生じたが、頭を振り、すぐに払う。意識を切り替えたヒューズは、何をしたものか、と考える。任務は夜までない。日中で明るい今は、人目がつく。

 潜入任務で鉱山都市を出る前の、リオンの言葉を思い出す。確かに、潜入任務は異常が無ければ観光と大差ない。都市の現状と兵士の同行を注意深く観察するのと、娯楽により都市を楽しみ観察する。それら二つ以外であれば、なんの違いもない。


 思考を回した結果、ヒューズは街に出ることにした。

 都市の観察は当然、散策すれば女王の政策や兵士の戦力がわかるかもしれない。

 街道に出て、周囲を確認すると、いい匂いがした。南東部は中央部とは違い、出店が多いらしい。都合がいい、と歩を進めようとすると背後から呼び止められた。


「おい、お前。まったく…、いつまで待たせるつもりだ」


 そこには内側に黒のメッシュの入った青髪を風になびかせ、腕を組むアリスの姿があった。

 締まったリネンのスキニーパンツは、彼女の足部の曲線美と長さを強調し、上半身のノースリーブは足の露出を肩代わりしたようだった。

 もちろんアリスの存在に驚いたが、彼女の目的が自分であったことにヒューズは気になった。


「待ってたの?というかなんで俺のいる宿がわかったの?」


 彼女との今の繋がりは、昨日のリナくらいだ。正直今すぐにでもここを立ち去りたかったヒューズであったが、もしやリナの身に何かあったのかと嫌な予感を勘ぐった彼は、ここに立ち止まった。そして、その心配は杞憂だった。彼女の訪れは、単純な善意だったのだ。


「昨日遭遇したのがこの辺りだったからな。南東部の宿はここぐらいだ。だから張っていた。この都市は初めてだろう?不慣れだろうから案内してやろうと思ってな」


「それは……頼む」


 正直ありがたい、行先がないよりかはずっと良い。だが同時に恐怖が湧き、畏怖したが、ここまで待った結果、断られるのは彼女があまりにも報われないと思い了承した。


「ああ、じゃあまずはどんな所に行きたい?どこでもいいぞ」


 彼女に要望を出すため考える。ここは芸術都市だ、娯楽に関してはどうか分からないが、都市の造形美や装飾美はヒューズを飽きさせないだろう。知らない土地だから店に入るのはなんだか抵抗がある。行先を告げるため口を開こうとすると、そこでヒューズの腹が鳴った。


「…実は朝がまだなんだ」


「本当にだらしないなぁ。ちょっと来い!」


 腹の音を皮切りに目的地が決定した。手を取られ、言われるがまま進む。

 腕を引かれる力は強く、簡単に動かされた。そのことに彼女は変わったんだなと思う反面、劣等感に苛まれる。

 振り向いた彼女の口角は少し上がっていた。

 その向けられる表情は、少し痛かった。

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