手に馴染む


 そこには屈強な二人の兵士が監視し、賊からの侵攻を阻むべく立ち塞がっていた。


 彼は今日も自国民である武装都市の国民のため—————————

 自国民である芸術都市の国民のために守護していた。


 これも憧れてやまない戦士の王、我が王の————————————

 美しさにうれいてやまない美の象徴、我が女王のために、この身を捧げることはいとわない。


 武装都市の兵士は巡回を続ける。彼らの役目は逆徒の捕獲、または妨害だ。


 兵士は、ぴくりと眉間を震えさせた。彼らはその鼓膜で捕えた風切り音を聞き逃さなかった。

 兵士の双眸が路地裏の先、暗闇に微かな煌めきを捕えた。煌めきの正体は自分の体へと突き刺さらんと迫る三つのナイフであった。その存在に気付いた兵士は腰に下げた剣を抜き放つ。

 剣戟二線、一振り目が先頭のナイフを、

 二振り目で次弾の二つのナイフを叩き落した。


 さすがは武装都市の兵士、反応速度が桁違いである。だがそこまでは良かった。

 最早、体の一部かの如く剣を操った腕、それが初期位置に戻されるべく関節が動かされた時だ。腕が移動して、隠れた石畳が死角でなくなる。そこでは、人影は目前まで迫っていた。


 目前の敵、ジャックのナイフは兵士の喉を掻き切る。

 だが、それで終わりではない。

 体を半回転させ方向転換したジャックは、手首で射出したナイフに追随ついずいして、残った兵士が警鐘けいしょうを言いきる前に斬りかかる。声を出させないためでもあるが、理由は違う。

 普段のジャックであれば気づかれた時点で一旦距離を取り、予備に持つナイフを投げて様子を見る。だが彼は相手に斬りかかった。それは相手の殺害を急ぐように…。


 突如腹部に奔った衝撃、兵士の蹴りが命中したジャックは呻く。

 後退した彼は歯噛みした。


 そして、ジャックと相対する兵士の背後に影が現れる。

 影は兵士の首にそっと凶器を添えて、引いた。

 辺りに鮮血が飛ぶ。血は首から噴水のように湧き出る。それは両手を天にかかげ喜びを露わにする少女のように踊り狂う。そう見えたからだろうか。ケタケタと笑い声も聞こえた気がした。

 血は歓迎する。血は歓喜する。血は憐れむ。彼は渇いた笑いを零す。

 人を殺した悲しみも、誰かを守った喜びもない。


「……———。」


 月夜が乱反射する血噴水の言祝ことほぎの中に、石畳に吸い込まれる流血と共に冷評の呟きが沈む。


「よくやった。あまり気にするなよ」


 ジャックは思考に耽りながら前方で目前の死体を見下ろすヒューズに労いの声をかけた。

 任務だとはいえ、これを仕方ないで片づけるほど彼の心は死んでいなかったのだ。

 そんな立ち尽くす二人に複数の人影が集まり、その先頭に立つ男が声をかける。


「協力感謝するよ……君が新しい助力者だね。ジャックから話は聞いてる」


 おそらく革命派の人間だろう。

 男以外の人間は、そのまま東部外壁を目指していった。

 男はジャックからヒューズに向き直り、仰々しく胸に手を当てると自己紹介を始めた。


「私は革命派の首領を務めているケーニヒ・ヴァールハイトだ」


 さらりとした黒髪を後頭部でまとめた彼は、腰に下げた剣を掴み、胸に手を当てた。

 隠密性を鑑みてか、現在は黒のインナーシャツであるが、その風体から伝わる騎士のような高潔さとしとやかさは、彼に残像の鎧を身に着けさせているようだ。

 好青年を思わせるケーニヒと名乗った男はジャックに向き直る。


「悪いがこいつには色々と教えてやれ。俺は明日の朝には都市を出る。ヒューズ、指示はこいつから受けろ。……悪いな、最後まで面倒見てやりたかったが命令だ」


 ヒューズから視線を外したジャックはケーニヒに託すように告げる。


「……頼んだぞ、ケーニヒ」

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