芸術都市、初任務

夜、芸術都市、王城付近———


 都市中央部住宅街の裏世界、明かりはすでに消え、夜の静寂が包む街を二人の衛士が歩む。


 現在は中央、王城に向かって進んでいる。アリスと別れて宿に戻ったヒューズ。宿で待機しているとジャックが帰還した。

「任務だ」と呼びつけた彼はヒューズをここまでつれてきたのだ。


 暗闇の中でも、天を尽くが如く伸びる王城が良い目印となっている。


 少し歩いたところでジャックは立ち止まった。辺りを見回すが只の路地裏だ。


 次の瞬間、ジャックはこの場から消えた。彼は台に飛び乗り、そのまま勢いを殺さず、流れるように壁の突起、窓枠、ベランダを伝い、屋根の縁に手を掛けて登ったのだ。

 その身軽で手慣れた動作に感服していると、屋根上からロープが落下する。上ではジャックがこちらに来るように指示していた。

 ロープを掴み、壁に足を掛けてゆっくりと登る。そして屋根上に辿り着いたヒューズはジャックの傍に行き、反対側の表通りを見る。眼下では武装都市の兵が巡回していた。


「今回の任務は、あの兵士だ。ヤツを始末して、革命派の逃走経路を確保する」


 ジャックに視線で投げかけると、彼は答えた。しかし、ここに来て不確定なモノが、ヒューズは「革命派?」と言葉の正体に近づこうとすると、ジャックはおもむろにそれを行使した。


「世を照らす彼岸、彼の者の後光よ。深淵を滅する兆しをここに———天のニルヴァーナ


 屋根の中心部まで後退した彼の手に微かに光が灯る。何かの信号なのか、彼は一方向に向けて光を明滅させていた。


 これは、魔術ヴェーダ詠唱マントラを唱えれば行使できる力だ。

 魔術を志す魔術師であれば当然、衛士も唱えれば基礎的なものを扱うことが出来る。


 微弱光の送信先、それを見渡し探すと、確かに左前方の屋根上に光が見えた。


「あれがそうだ。喜べ、この都市にもまだ反抗勢力は残っている」


「始めるぞ」とヒューズに一声かけ、魔術を用いて光を出して革命派に合図を送る。向こうも光源を確認したのか屋根上の光は消えた。

 ヒューズはロープを使って地面に降りたが、ジャックが来ない。ロープは引き上げられた。

 直後ジャックが落下する。彼の身体は重力に従い落下するが、器用にも一切の音を発することなく壁伝いに数回蹴り上げ、落下の威力を殺し、着地の衝撃も身体を回して凌いでみせた。

 彼は唖然としたヒューズなど気にせず、腰に手を回し、ほれ、と何かを放り投げた。掌に現れた重量を、ヒューズはじとりとした手で握りしめ、静かに見つめることしか出来なかった。手中の刃物に口堅くなったヒューズに、ジャックは眉を顰める。


「あまり深く考えない方が良い。今はまだ実感できないと思うが、これはきっと、仲間や家族、国民を守ることに繋がるはずだ」


 それにヒューズは答えることが出来なかった。彼はただ、それを飲み込むことに必死だった。

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