熱線に躍る

芸術都市、南壁付近————————



「そうか、君はお父上のような兵士になりたいのか」


 街道で二人の少女たちの会話が弾む。彼女は幼い少女リナの手を取り、引く。リナの機嫌が良い事も、彼女の歩調で伺える。先程は自身の存在すら消し去る音を殺した足だったが、今では上機嫌に石畳を跳ねている。


「うん!そうなの!でも、みんなおんなはへいしになれないっていうの…」


 歩調が鈍る。

 嘲笑が彼女を枯らしてしまった。

 項垂れるリナを、隣で歩む彼女が励ます。


「そんなことはない。東部の自宅からここまで来た胆力は目を見張るものだ。君が本当になりたくて努力すればきっとなれるさ」


 彼女の言葉にリナは照れ臭いのかはにかむ。リナの反応を見るに、効果はあったようだ。今いる場所は芸術都市の南南東にある街道。リナの父は南門に勤務しているらしい。


 ジャックの言う通り、先程の南東部は、元々は貧民街だったようだ。南東から南下した際に、明確に彩色の境界線があった。それが分かるほどに、立て並ぶモノの威風が違ったのだ。

 この独特のかぐわしさが、本来の芸術都市の在り方なのだ。

 夜が迫る夕闇の光線は街を照らす。くすぶかたどられた鉄とインクのクールな匂い、微かな香水とディナーの芳醇ほうじゅんを歌に乗せて運ぶ店先の歌姫の着飾りは、正しく美の拡散だった。

 だが、それは一時の夢のように、擦れて消えていった。城壁に近づいたからだ。後は壁に沿って南に進むだけだ。


 少年も彼女たちと同行していた。

 路地裏で彼女を呼び止め、一人では危険だと、手伝いたいと頼んだからだ。

 一行はそのまま城壁に沿って歩く。すると門が見えてきた。


「すまない、リナのお父上の名前を教えてくれるか?」


「パパの、なまえはシャーリーっていうんだよ」


 彼女はリナの父の名前を聞き、近くの兵士に声を掛ける。

 兵士は気づき、返答を返した。


「シャーリー氏に用向きがある。すまないが会わせてほしい」


 兵士は一礼して了承の意を告げるとその場から去る。

 少しすると先程とは別の兵士が駆け寄って来た。「パパ!」とリナは兵士に向かって走る。どうやら彼が父親のようだ。

 目前の仲睦まじい親子を見て、前方に佇む彼女は「………よかった」と安堵の声を漏らす。


「これで安心だね」


 直面していたことの解決に、労いを告げる。ちらりと、彼女の顔を見る。その目は愛おしそうに目前の親子へと向けられていた。それが少年の胸に、火が灯す。


「君は凄いね。危険が及ぶかもしれないのに、尊敬するよ。何か助けが必要な時はいつでも言ってくれ、この都市には少ししかいられないけど、君のような人間の為なら喜んで手を貸すよ」


 少年は彼女に手を貸すことを厭わない。なぜなら少年には、彼女が希望に見えた。

 援助の申し出に、少女は鬱積とした視線で少年を睨む。


「……いつまで他人のフリするつもりだ?ヒューズ」


 それを聞いてヒューズは悟った。

 深い蒼穹のミディアムヘアが、赤い熱線の上を踊って揺らめいている。

 なびく前髪が、彼女の視線にひらりとかかる。だが、その剣幕はヒューズを射殺すほどだ。


「両親は元気?」


 ヒューズは、ここにはいない人間の現状を聞く。昔も何度か、良くしてもらった。


「……今私は養父と暮らしている」


 予想外の回答に、目を点にする。

 彼は顔見知りの名を言葉に出して、その訳を聞く。


「なんで?ガインさんは?レイナさんは?」


 俯いた彼女は夕焼けから影を作って表情を隠す。赤い世界に浮かぶ群青は、ただ一つ時に置いて行かれた独りぼっちの空のようだった。

 そうして、彼女は自身の胸を数度擦ると、影から錆びつきの声が漏らす。


「両親は…死んだ。この都市に来る途中だった。その時、……二人は…」


 ヒューズは、言葉を発することが出来なかった。

 その事実を語った言葉は、赤く焼けた空に消えたが、ヒューズにとっては、一生この場に留まってしまうような楔だった。


「……自己紹介をしなければならないな。私はアリス・リーバだ」


 風に揺られた紺碧こんぺきが眩く光る。それが涙に見えなかったのは彼女の強さの現れだ。

 青空を切り取って、目の前に広げれば、それは彼女なのだろう。

 想起した青は、この励起した赤空のように赤が染み渡る。

 夕日に照らされた彼女の表情は強く、気高く、そして…。


 自分はあの時、一人の少女を殺してしまったのだ。

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