迷子の少女、強き少女
芸術都市、南東部、路地裏——————
煌めく大通りとは対照的に、
通常であれば物音一つない
角を右に曲がった少女たちを見た兵士に笑みが浮かぶ。
なぜならその先はないからだ。
逃げる少女たち、追う兵士。
その構図は路地の行き止まりによって終わりを迎えた。
手を引いていた少女は、突き当たりの陰に幼い少女を隠す。
「お姉ちゃんッ⁉」
自分の身代わりになるつもりかと考えた幼い少女は、それを止めさせようとするが、「必要はない」と言い、首を振った。身代わりとなった彼女は隠し終えると振り返る。
兵士はまだそこにはいなかった。隠し場所が見られていないことに、ホッとする。
少しすると角の先から追手の兵士は現れた。
逃げられないと理解した兵士は腰に下げた剣の柄を掴み、誇りに満ちた鉄面皮を浮かべる。
「我が都市の絶美、それを損なう
だが視界に狙った獲物がいない。
青雲の下、威勢の良い志を掲げた兵士は、見渡した後、諦めて銀灰の粛清具を引き抜いた。
相手の三半規管に寒気と痒みを与えるその鉛音は、しんと静まり返った路地裏にはよく響き、反響した。唯一の天から零れ下りる光源が、その粛清具を輝かせる。
暗がりの中で輝きを放つただ一つの光は、希望のようで、しかしそれが行う事象は絶望だ。
希望と絶望が
「人に化けた悪魔め!我が断罪の刃で葬ってくれ———」
兵士は少女を粛清すべく刃を振りあげる。だが、その刃は少女を切断することなく宙を舞った。なぜなら後方に現れた少年により蹴り上げられたからだ。
少年の腕は、兵士の首を締め上げる。力は次第に強まり、兵士の気管を圧迫される。
兵士は爪が食い込むほど掴み、血の垂れた腕を解こうとするが叶わない。
少年は笑む。
しかし兵士の力がなくなった時、前方から「殺すな!」と静止の声が飛ぶ。
「ッ⁉」
少年は、人間の声から他人に見られているという状況を理解し、慌てて腕を解く。
転げ落ちた兵士には息はあった。気絶してるだけのようだ。相手の生存を確認して安堵の息を漏らした少年は、さて、この状況を目の前の住人にどう説明したものか、と思案する。
しかし、彼女はこちらの動揺など見向きもせず、後方にあった板材を持ち上げた。
「さあ、出てこい、怖い人はもういないぞ。どうして追われていたんだ?」
彼女の視線の先から出てきた幼い少女は追走の理由に、それを見せる、それは絵だった。
画家が描くような芸術度の高いものではないそれには、
彼女はそれを見て、親族に対する恩情すら粛清する都市の現状に歯噛みする。
すると、沈痛な面持ちでいる彼女の目の前で、幼い少女は頬に涙を流し始めた。
驚愕する彼女に、幼い少女はポツリポツリと、少しずつ気持ちを吐き出していった。
それを見た彼女は安心させるために幼い少女を抱きしめて言葉を掛ける。彼女の右手は、丁重に悲しむ人の髪を撫でていた。
「大丈夫、君は間違っていない。この絵はとても綺麗だ。お父上もきっと喜んでくれる」
その言葉を受けた幼子は、今まで我慢していた感情を、
思いを踏みにじられるのは悔しい。
それが自身の人生によって生み出された物ならなおさらだ。
この都市の住人である彼女は、それを生み出す行為がどういうことを意味するのか理解していたはずだ。だが、彼女はそれをした。ありがとう、という想いを伝えるために。
彼女は、泣き止んだ幼い少女の
「でもなぜお父上が帰って来るまで待てなかった?家の中にまでなら兵士も来まい」
「パパ…ちゅうざいへいだから、きょうかえってこない。たんじょうびおわっちゃう」
「なるほど……もし良ければ、私が代わりに君のお父上に届ける。安全な場所にいると良い」
その言葉にリナは首を左右に振り、目の前の彼女に一礼して、場を去ろうとする。
「じぶんでわたしたい。だからいいの。ありごとう、おねえちゃん」
その後ろ姿を、彼女はすぐに呼び止めた。
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