中央街

中央街、付近—————————



 荷台に伝わる振動に体を揺らす。

 霞が晴れた西空の下で、草原廃れた二本道の上で車輪を回す馬車一つ。

 関所を超え、橋を数度渡った。

 回り回る景色に、初めは胸を躍らせていたが、代り映えのない平穏は、彼に眠気を誘っていた。

 寒冷地である西から、温暖地である東に向かっている影響だろうか。その寒くも暖かくもない境界の曇天、肌を刺す大気から緩んでいく変化に頭をもたげさせる。

 振り返り見た山の稜線りょうせんは、次第にその壮大な全容が見えるようになる。早朝に南門衛士所を出発し早数時間、固い感触に痛みを覚え、まだ半分以上も残った道のりに項垂れる。


「荷台に乗るのは初めてですかな?」


 御者台で手綱を握る白髪、白髭を蓄えた初老の人物から声がかかる。

 様相からは老いは感じられるが、佇まいは活力に溢れ、幾歳か若く見える人物。

 彼は、ヒューズのせわしない様子が気になったようだ。

 パカラパカラと軽快な音を鳴らしながら進む馬の手綱を握る主、彼はこちら振り向き、軽く会釈した。


「私はチェインという者です。ここで会ったのも何かの縁だ。名前を伺っても?」


 向こうは名乗るのにこちらが名乗らないのは座りが悪いと思ったが、さすがに父の姓であるドラコニスを告げるわけにもいかず、「ヒューズです」とだけ答えた。


 そしてヒューズは改めて外の景気に見入り、静かに心を沈ませた。

 何十、何百という歳月が、この二本道をつくったのだ。

 草花押しつぶした二重線、そこから見えるのは、視界を埋め尽くす霜垂れた自然。その中でも異彩を放つ冬花はいっそう強靭きょうじんに見えた。

 少しすれば風花舞い落ちる時となる、それまでにあの冬花は、この地に美しさを刻み付ける。言い表す季節のセンテンスは、なんだかもの悲しく、それでいて未来の希望が見て取れた。

 しかし衛士として任務に向かうのだ、気を引き締めなければ。縁に背を預ける。


 馬車は進み、段差を乗り越えたのか、荷物が揺れ、乾いた擦れ音が聞こえた。


「たくさん積んであるんですね」


「運べるならば何でもです。人でも、食料や物資でも、芸術品、武器防具、すべて」


 風冴ゆ耐えるヒューズは、箱に這い寄る。蓋はされていないので容易に確認出来た。中身は、光沢で顔を反射させるほどの透明度に、固く質量を感じさせる重量感、鉱山都市の鉱物だ。

 陽に照らされれば、陰りなく鈍色に輝いていたことだろう。その中でも大部分は、宝石類が多かった。万華鏡のような輝きに、一時だけ良くない感情が浮かび、すぐに視線を外した。


 外した先、初老の老人の背を見て、ヒューズは頭をもたげた。

 老人にではない。御者台より先の風景にだ。彼の目線の先には、集落のような街があった。

 通りの先、河川のような道の先に、真水のように人と馬車が入り、また抜け出していた。


「ここって?まだ到着じゃないですよね?」


 ヒューズの質問に、チェインは頷く。

 目的地への到着は昼頃、まだ時間が早い。

 日もまだ中天には登っておらず傾いている。


「ここは東西南北、すべての都市の中央にできた街です。初めは馬を休ませるための場所でしたが、こうして街を形成するようになりました」


 ヒューズにはその景色が異質に見えていたが、チェインの話で納得がいった。

 街は様式の違う建築が並び、明らかに人種の違う人々が商いを行い、当たり前の日常を送っていた。そこには不器用ではあるが、確かに人の営みが出来ていたのだ。


 馬車はそのまま中央道を進んだが幾分かで停止した。

 ヒューズはどうしたのかと彼を見ると「一度、馬を休ませる」と言ったチェインは馬車から降り、手綱を取り外す。

 ヒューズも降車し、周囲を確認すると、そこでは複数の馬が水場を中心に休息していた。更に視線を泳がせると右側前方に巨大な岩がある。不思議に思い近づいてみると、文言をつづられた絵画石碑せきひだった。


そこに書かれた文字は……。



『 崇めよ、我らが大神を 讃えよ、万物万象をしる大神を

  信仰厚き者には生を、信仰無き者には離別を


  美がむせぶ、鉄が割れる、氷が殺す、武が嘆く


  玉座、額、視座、すべては繋がる根源なれば

  道においてはしかくがすべて


  威の薫陶、導かれ果てに闇夜が満ち

  天穿つ割れ、大地が裂け、その橋は彼の者を招く


  いそげ、いそげ

  神罰が空を覆う前に

  信仰を、信仰を

  世界の外は、貴様らを許さない

  救済の光がすべてを包み込む前に            』



 このように書かれていた。文字の下には画もある。

 中央には山、その頂きと山の四方には光のようなものがあった。

 チェインに石碑について問いかけると、彼は、「おや?神岩についてご存じない?」と不思議そうな顔をした後に、親切に説明してくれた。


「これは神岩。街が形成される以前から存在していたそうです。敬虔な信徒たちは拝みに参ります。彼らはこの文は予言であると言っておりますが信徒以外は皆、懐疑的です」


 丁寧に概説するチェインに「なぜ?」と疑問を吐くと、彼は描かれた山の四方の光を指す。

 中央の山の中腹の高さに浮かぶ光模様は捧げられているようで、山はあたかも祭壇だった。


「この四方にあるものは都市を表しているそうです。だからなのです」


 その答えを聞き、合点がいった。なぜならこの画に従うならこの場所は…。


 話を終え、チェインは休憩がてら妻と子供の様子を見てくると言い残して、去っていった。

 街に並ぶ店に興味が湧いたが任務があるので荷物を増やすわけにもいかず、出店の食べ物だけを買ってベンチでのんびりと過ごすことにした。

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