激戦の後に、落ちる涙


「・・・・ハアッ!」


 クレーターの中央付近で、一人の使徒が目を覚ました。その人物は、数刻前に魔女エリナに首の骨を折られた〝八傑〟の一人、ナギである。


「終わった・・・のか?」


 〝八傑〟である彼女たちは、修復不可能な外傷を負わない限りは、再生を果たす。

 神の使徒たる者に、易々と死は許されないのだ。


 彼女は静けさの積もる辺りを見回して、


「そうだ、プレッタ・・・・プレッタ!」


 味方の少女の安否を探す。


 人の踏破とうはなど度外視どがいしした惨状さんじょうは、彼女の捜索を阻害する。


「プレッタ——————ッ!」


 荒廃こうはいとした大地で、仲間の名を叫ぶナギであったが、応答の声はしない。

 焦りが加速し、気づけば走っていた。


 立ち上がった岩壁を抜けた時、やっとのことで人影を見つけた。

 しかし、それは味方ではなく——————————。


「魔女!?」


 敵であるエリナの姿であった。

 慌てて身構えるナギであったが、身動き一つとらないエリナの様子に疑念を抱いた。焦点の合わない瞳で虚空を見つめる魔女に、全てを理解した。

 この芸当は、プレッタのものである。


 こうして魔女が夢の中に落ちたということは、この近くに・・・。

 

「プレッタッ!」


 数分と経たぬうちに、ナギは崖下に横たわる紫苑しおんの装束をまとった少女を発見した。

「あ・・・・ナギちゃん」、そう、力なく告げたプレッタの現状は痛々しく、片眼は閉じて、そこからこぼれ出ていただろう流血は止まり、すでに固まっていた。

 体全体に目をむけても、新たな傷跡が数え切れぬほど出来ていた。


「私ね、普通の女の子になって、普通のお嫁さんになりたかったんだ・・・」


 唐突に、脈絡なく願望を言い放ったものだから、ナギは嫌な予感を憶えた。


「何だよ、縁起えんぎの悪いこと言うなよ」


 焦りを誤魔化すように、苦笑交じりに告げるが、彼女の心の中は、決して平静ではなかった。


「う・・・うぅ・・・、ナギちゃん。・・・ナギちゃん」


 その予感は的中し、うわ言のように自身の名を呼ぶ相棒は、残った片眼からとめどなく涙をこぼし、すすり泣いた。


「こんな傷物になってしまった私を、貰ってくれる人がいるのかな・・・」


 それで悟った。彼女は壊れてしまった。

 へたり込んだプレッタは、すがりつくようにナギの胸元を掴んで、嗚咽おえつこぼす。


 悲痛に顔をゆがめたナギは、彼女の背を擦り、懸命に励ましの言葉をかけた。

 それが何の意味もない行為とわかっていながらも、そうすることしか出来なかった。この現状は、逃れられない運命だと、彼女自身が誰よりもわかっていたからだ。


 自分たちに〝それ〟は望めない。けれど・・・・。


 だけれど、それが一時の忌避きひであろうと、ナギはその麻薬に頼る他なかった。


「当たり前だろ、お前はどんな姿になってもかわいいよ、プレッタ。ほら、愚図ぐずってないで立って、私たちの使命を果たそう。ここから生きて帰るんだ」


 ナギはプレッタの腕を引き寄せて立ち上がらせようとしたが、彼女が立ち上がることはなかった。

 今は無理だと悟ったナギは、その小さな頭を胸元へと引き寄せる。

 安心させるように何度も大丈夫だと言葉を吐くと、プレッタは声も押し殺さずに泣き始めた。


「本当は戦いなんて嫌なんだ。怖いのなんて嫌いなんだ・・・なのに、ううっ・・・・・ううっ」


 普通を願った彼女、プレッタはそれを目標に戦ってきた。

 どんなに辛い戦いでも、無事に帰還すれば平凡を享受きょうじゅできる。

 それで今まで平静を保ってきたのだ。

 しかし、今回は違う。


 今回の戦いで受けた傷、もう戻らない左目。

 彼女は気付いてしまったのだ。


 果たして、傷物である自分は、その平凡の枠組みの収まっているのだろうかと。

 一度に飛来した疑問は、彼女の心を容易に砕いた。


 傷を受けようとも立ち上がれた、だけれど、平凡でないことに、彼女は耐えきれなかったのだ。



                  ◇ ◇ ◇



「ごめんね、ナギちゃん。あと、ありがと」


「あれぐらい、お安い御用だよ」


 瞳からあふれる涙が止まった頃、プレッタは恥ずかし気に顔をあげた。

 頬を朱色に染めて照れ臭そうにこちらを伺うものだから、いたずらのひとつでもしたい気持ちとなったが、状況が状況なので自省することにした。


「さてと・・・・」


「・・・・・」


 背後を振り返る。そこには無心で立ち尽くす魔女エリナがいた。

 この女の処遇しょぐうを考える。元々、こいつはアーセントの担当だった。

 このような怪物に回された同僚を不憫ふびんには思うが、正当な情報をこちらに与えなかったので、ざまあみろと、今では思っている。

 今回はたまたま対象と共にいたため、結果的に相手をすることになってしまったが、大局的に見れば自分たち〝八傑〟の共通の敵だ。

 当然、教会に持ち帰り、拘束幽閉すべきだろう。

 しかし、こんな爆弾、下手をすれば本拠地ごと自爆される可能性がある。

 忌避する結末の証左しょうさを確かめるために、相方に目配せを行うと、


「大丈夫、すぐには起きない」


 すぐには起きないということは、いつか起きるということだ。


「永眠はできなかったか・・・」


 いつかまた、目覚めてしまうことに辟易へきえきとするナギ。

 プレッタもそれは同じらしく、瞳に微かな恐怖をにじませながら畏怖いふを吐く。


「これでも一番弱いところに入り込んだ」


 なら、仕方ないか。

 そもそも、足止め出来るだけでも快挙かいきょである。

 今は、脅威が停止したことを喜ぶべきだ。


 では、やることは明白。


 すぐにさっきの家に戻り、あの少年を殺す。

 それで私たちの一先ずの責務はおしまい。

 基地に戻って、安寧あんねいとした惰眠だみんをプレッタとともにむさぼるのみだ。


「とりあえず、動けないように手足は切っておくか・・・」


 万が一責務の妨害をされるわけにはいかないので、少しでも再生させて時間を稼ぐことにしたナギは、右手に水刃を形成して、エリナに歩み寄る。


 それでも先程の戦闘の恐れが微かに残り、恐る恐る、射程圏内すれすれの位置で、右手を挙げた。


 そうして、魔女の脚部の切断を試みたところで邪魔が入った。


「エリナさん!」


 後少しのところで、魔女の肉体が横に逸れた。

 ナギの阻んだのは、魔女の弟子であるゴオであった。



                  ◇ ◇ ◇



「やっとたどり着いた・・・」


 草木を掻き分けて、視界が開けた。

 森林の中を、音を頼りに彷徨いながら、明らかに異常な地となっているクレーターを望んだゴオ。


 少し前に、戦闘の音が止み。

 見つけあぐねたが、こうして到着した。


「あれは・・・」


 爆心地のような場所を見まわす。そうして見つけた人物に、わずかに声音を跳ねさせた。ゴオの見た先では、エリナが佇んでいたのだ。


 ゴオは傾斜を滑り、急いで中心部に向かう。

 荒い呼気を吐き出して、がむしゃらに師匠である彼女の下へと走った。


 凄惨なクレーターで、どんな戦いが起こったのか。

 あたりでは見上げるばかりの岩壁が立ち上がり、破壊の後がゴオの行く手を阻んでいた。


 どうにかして、エリナの近くにまできたゴオは、岩壁を曲がった先を目指す。

 なぜなら、そこに彼女がいるからだ。


「エリ—————」


 名を呼び掛けたところで、その場にいるのが師だけでないことに、ようやく気付いた。そればかりか、敵はその手に形成した刃でエリナを切りつけようとしている。


「エリナさん!」


 それを見て、自然と体が動いた。

 ゴオは飛び込む形でエリナを抱き留めて、地に転がった。

 その甲斐もあり、刃がエリナを切り刻むことはなかった。


「・・・ガキ、邪魔すんじゃねえ」


 背後では敵である蒼色の甲冑の少女が憎々し気に吐く。

 その姿はボロボロであったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 ゴオはすぐに師の顔を見る。


「エリナさん・・・・」


 その瞳には、色が見られなかった。

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