彼方で語らう使徒たちのひと時

芸術都市、とある一室——————————


 そこには、上裸の男が一人いた。


「ふむ、実に甘美だ」


 袈裟型けさがたにかけられた白磁の布、同様に腰から下も同様に巻いているだけ。そんな布一枚以外は裸も同然の男は、グラスから口元に注いだ美酒に夢中であった。


 ふう、と。

 満足げに吐息をひとつ、装飾そうしょく過多かたな部屋中を見まわして、


「ここも実にいい、神殿を思い出す。なあ、そうは思わぬか、ホラガルレス」


 陽光に照らされた髪をかきあげて、手を伸ばす。

 すると、どこからともなく何かが飛来したかと思えば、彼の手に収まった。


 それは寸尺1メートルはある針のようであり、杭のようである剣であった。

 ホラガルレスの刀身や、柄の宝石に、ソラーニャは酒を注ぐ。


 酒は床にしたたることなく、そのまま刀身と宝石に吸い込まれていった。


「怠惰をそこまで極まれば毒となりますよ、ソラーニャ」


 そんな緩慢かんまんな時を過ごす中で、暗闇から声が咎める。

 ソラーニャはそこに目を向けると、ライラックの長髪をなびかせた少女が、腕を組んで彼を見下ろしていた。


 注意を受けた彼は、額の指を這わせながら、


「アーセントよ、だからわたしのことはソラと呼べと・・・」


 そんな苦言を吐いた。

 だが、その苦情にも、少女は聞き入れることなく、話をつづけた。


「それなら成果のひとつでもあげなさい、話をそこからです」


「そう固く考えるでない。ほら、この前も魔女の手から助けてやったではないか」


 ソラーニャの発言に、少女は眉を曲げ、頬をむくれさせる。

 表情に可愛げのある怒りを滲ませて、


「勘違いはしないように、ハンデを与えたまでです。音を奏でれば私が勝っていました」


「あんなギリギリで人の形を保てた有り様で良く言うものだな」


 ソラーニャの追撃に、少女は「とにかく!」と話を逸らした。


敬虔けいけんなる信徒たちの旗本はたもととなるのです、行動にも慎みを持ちなさい」


むさぼるからこそ使徒なのだ。海辺であろうと、姿形を変えようとも、そこに美女がいれば手の一つもつけようとも」


「全く、あなたという人は・・・」


 あまりにも堂々と開き直るものだから、少女も討論に意味はなく、勝ち目がないと悟り、呆れと共に扉を開いた。


「さあ、そろそろ動く時です。我らの責務を果たしますよ」


 扉の先から吹き抜けた涼風が合図となり、ソラーニャも重い腰を持ち上げた。

 一つの伸びをして、彼女の下へと向かう。


「そろそろ蛇の相手も飽きてきたところだ。今度はどこだ?北の鳥か、南の亀、はたまた西の獣か?」


 久方ぶりの闘争を前に、興奮を抑えた様子のソラーニャは、わずかな冷笑を浮かべて「それとも・・・」と言葉を続ける。


「託宣のもと、姿を現したという我らが怨敵おんてきかな?」


 矢継ぎ早に言葉を並べるソラーニャは、相手の回答を待つ。

 まだ答えも出ていないというのに、彼はその父祖を前に、己が武力に心酔する。


「後付けの神性とはいえ、神は神だ。相手にとって不足はない」


 その言葉と共に、ホラガルレスを引き寄せて、腰布に引っ掛けた。

 そのように意気込んだソラーニャではあったが、どうやら今度の責務は・・・。


「いいえ、同胞探しです」


 ただの人探しであった。

 そうして神の手足、〝八傑はっけつ〟たる彼らは、動き出した。



                  ◇ ◇ ◇



鉱山都市、何の変哲もない街道—————————



 鉱山都市とは、その名の通り、鉱物を支えに発展した都市である。


 森を望める南方以外の三方では、取り囲まれる山々が望める。

 都市にとっては、あれが資金源であり生命線だ。


 しかし、鉱物だけで生活は成り立たない。当然、食も発展している。

 鉄火場の騒音を背景に、街道を歩む二人の少女。


 肩や小動物のように、ちびちびと数刻前に勝った焼き菓子を口に運ぶ、紫苑しおん装束しょうぞくまとった少女。


「うまいか?プレッタ」


 そんな食にいそしむ少女の隣で、蒼色そうしょく甲冑かっちゅうに身を包んだ少女は、そう問いかける。


「うん、おいしいよ。ナギちゃん」


 聞かれた彼女は、特に感情の読み取れない声音で回答するが、その頬は少し朱色に染まっていた。どうやら、言葉に偽りはないようだ。


「おっと・・・」


 紫の少女、その足元が揺れる。

 前方不注意、手元の美味に邁進まいしんするあまり、下方がおろそかになっていたようだ。


 そんな彼女を、甲冑の少女は抱き留める。


「危ない危ない、気をつけろよ、プレッタ」


 紳士のように告げる蒼色の少女であったが、その受け取りては頬を膨らませると、


「もう、過保護すぎだよ。そこまでしなくても転ばなかった。でもありがとう」


「ははっ、手が多い事は悪い事じゃねえよ」


 気さくに告げた甲冑少女のナギ、だが紫苑の少女のプレッタは不満が収まらない。

 街道を歩む足取りは軽やかではあるが、その口からは自身の理想を表す愚痴ぐちが漏れる。


「私は普通の女の子でありたいの、こんなお姫様みたいな扱いは窮屈だ」


「悪いな、これも性分しょうぶんだ」


 だが、その望みはナギのわがままによって却下された。

「もう・・・」と告げるプレッタであったが、明確の拒絶の色は、表情には見られなかった。

 そんなプレッタに、ナギは手を伸ばす。


「さあ、行こう。私たちの責務に。それが終わった後に、じっくりと普通の暮らしをすればいい」


「・・・・うん」


そうして二人の〝八傑〟である少女たちは、己が使命に向かった。

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