微睡む意識


 昼食を終え、魔術の習得を再開したゴオは、エリナ指導の下、着実に上達していた。

 四つの属性を同時には無理だったので、二つの属性の同時使用を試みたゴオは、時間はかかったが、なんとか火と水の同時使用に成功した。

 彼の目の前では、円状で真ん中を仕切りにしたように調和を保った火と水があった。


「今日はもう遅いし、ここまでにしようか」


「はい、そうですね」


 二人の子弟の様子とゴオからの思考共有で、彼らの帰宅を感じ取った獣達はくつろぐのをやめ、体を起こす。


『主!主!主の匂い!』


『主帰るって、僕たちも巣に帰ろ~』


『じゃね、主。起きたらまた出るよ』


 獣の軍隊が帰る姿に一瞬驚きはしたが、ゴオはエリナの後を追い、室内に入る。

 エリナは室内の明かりを灯し、


「あ~、久しぶりにあんな魔術使ったなぁ。疲れたし、お風呂入りたい!」


「…お風呂ってあるんです?」


 先に室内に入っていたエリナは体を伸ばし、聞きなれた単語を口にした。

 それがゴオの想像しているモノとは違い、こちら独自のモノであるなら話は別だが、おそらく状況的に間違いない。

 ゴオの疑問に当然とばかり、逆になぜそんな質問をするのかと首を傾げながら答える。


「?あるよ?」


「え?でも、どこに?」


 見渡せども今自分達がいるキッチン兼ダイニングと別室の寝室しかない。

 外観を想像するが、そう考えても風呂場が設置してあるスペースは考えられない。

 もしかしたらドラム缶風呂のように外で入るのかと想像した時だった。

 彼女もゴオの疑問が分かったようだ。


「ああ、それはね。えいっ!」


 彼女は床下に手をかざすと、床板がズズズと動き出し、階下へ続く階段が出てきた。

 うわぁ、魔法使いっぽい。

 エリナを魔女と再認識したゴオを、階段に足を踏み入れた彼女は呼ぶ。


「こっちこっち」


 手招きされついていく。それなりに手入れされた地下通路だ。階段を下りていき、彼女はとある一室の前に止まり、扉を開ける。そこに入ったエリナに続き、ゴオも入る。

 そこには大きな桶があった。風呂とはこれのことだろう。


「じゃあ、お湯入れるから…いや訓練がてらゴオがやろうか」


 彼女の指示に従い、桶の前に来る。


「まずは左手で水を出して、水の中に右手を入れて火を出してね。火は強くなくていい、蒸発しちゃうからね」


 指示通り魔術を使う。桶に水を入れ、右手を差し込む。初めは火の調節を間違えて、火傷しそうになった。だが微調整を繰り返し、いい具合の温度になったところで新たな水を出す。

 それを続けると桶にお湯が貯まった、なんとか達成できて息を吐く。


「それじゃあ、エリナさんは先にどうぞ。僕は後で頂きます」


 家主より先に入るのは気が引けたので、出口に向かうゴオ。

 だがその肩に手がかかり、彼を引き留める。

 その手を辿り、その手の人物(この場には一人しかいないので当たり前だが)を見る。

 そこにはゴオの言葉を受けて、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げるエリナの姿が。


「?何言ってるの?あなたも一緒に入るのよ?」


「は?」


 この人がなにを言ってるんだ?

 あまりにも支離滅裂なことを言われたものだから、間抜けな声を上げてしまった。

 普通風呂は一人で入るものだろう?混浴でもなければ、戦闘でもない。ましてや彼女とは年の近い親戚でもなければ、幼馴染でもない。

 なにより道徳的にもいただけない。


「いや、それはまずいですよ!」


「大丈夫よ!ほら、脱いだ脱いだ」


 裾を掴まれ、衣服を脱がされ始めるゴオ。彼は服を掴み、必死にそれに抗う。


「いやいやいやいやいやいや」


「いや♪いや♪いや♪いや♪」


 抵抗を試みたが、無理やり脱がされてしまった。ほんとにこんな細い腕のどこにこんな力があるんだ?



                  ◇ ◇ ◇



「・・・・・」


「ごめんって、ふざけすぎたから」


 色々洗われた後、地上の室内に戻り、ゴオは椅子に座って不貞腐れていた。

 テーブルの上には先程まで食事(エリナに作ってもらった)が入っていた皿が。今は食事を済ませたところだ。


「ねぇえぇ~」


 ゴオが不貞腐れている原因の彼女は背後で自分の頭の上に顎を乗せ、ぐりぐりしていた。

 ほんとに悪いと思ってる?煽ってない?


「僕も一様、男なんですエリナさん」


「うん」


「だから異性に…その…いろいろと見られるのは恥ずかしいんです」


「うんうん」


「別にエリナさんのことを棚に上げるわけではないんです。あなたもでしょうし」


「うんうんうん」


 まあぶっちゃけ屈辱的だったのは、女性に力で負けたことなのだが、この際同じことだ。


「………今度からは一人で入りますね」


「え?ダメよ。あなたは私と一緒に入るの」


「話を聞いてましたかね⁉」


 そんな自分の進言に対する彼女は笑うばかり。

 嘘だろ、無敵か?今笑う要素あったか?


「もお~、怒っちゃって可愛い。あ~も~、最っ高~」


 彼女は自分を胸に抱きよせ、体を揺らす。


「ふ、ふざけないでください!…エリナさん?」


「……」


 突然背後の人物の動きが止める。その身体の体重すべてがゴオにのしかかる。

 彼女の体はまるで支えを失ったように自分から床にずれ落ち始めたのだ。


「……エリナさん⁉」


 何が起きたのか理解できずに固まっていたが、現状に気づき声を上げる。


(一体何があったんだ?!こんなまるでいきなり電源が落ちたように…)


 彼女の容態を確認するため口周りと首元に手を当てる。

 息はしている。脈拍もある。

 にわか知識を当てにするのも不安が残るが、とりあえず目の前の彼女がまだ生存していることに息を吐く。


(よかったぁ、生きてる…)


 でも一体どうして、さっきまで普通だったのに…。

 原因はわからない。だがこのままにしておくわけにもいかない。

 なるべくまずい所は見たり、触れたりしないように肩で抱える。

 幸運なことにベッドのある別室は目の前だ。そこまで運んで寝かせよう。

 さすがに女性といえども自分よりも大きな人間を運ぶには苦労したが、何とかベッドまで運んで寝かせることが出来た。


 窓の外は暗く、寝室には月光が差し込むのみ。外から聞こえる虫の音は、平時であれば非常に眠気を誘うのだろうが、今は異常事態だ。

 しかし、ゴオは医学知識もない一般市民だ。出来ることなど今終わった。


 やることもないので自分も睡眠をとることにした。

 さすがにこの人と同じベッドでは寝ない。仕方ないが床で寝よう。

 キッチン兼ダイニングのランプを消しに行く。改めて魔女でも日用品を使うのだなと思った。


 明かりが欲しいなら消えぬ炎塊を出して、水が欲しいなら地面から湧き上がらせればいいのに。

 指先に水を保持して、ランプの中の火に当てる。この作業をすべてのランプに行って光源を消した。


 さすがに女性と同じ空間で寝るのは抵抗があったのでその場で横になる。

 やはり床は固く、しっかりと寝られるだろうか、と心配になる。まあ寝られたとしても翌日は大変なことになりそうだが仕方ない。腕を頭の下に回し、動きを止める。

 そうすれば自然と眠気が…眠気が…。

 

 身体を起こす。寝室の状態を確認する。エリナは寝ていた。大丈夫、生きてる。

 元の場所に横になる。眠気を誘う。

 身体を起こす。寝室の状態を確認する。エリナは寝ていた。大丈夫、生きてる。

 元の場所に横になる。眠気を誘う。

 身体を起こす。寝室の状態を確認する。エリナは寝ていた。大丈夫、生きてる。

 元の場所に横になる。眠気を誘う。


(……………)


 ダメだ、眠れそうにない、と体を起こす。隣室の彼女が気になって仕方ない。

 どうしたものか……。


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