あなたはだれ?

 この少年はいったい、何者なのだろうか。


 傍らで寝静まるゴオを見て、エリナはそんな疑問を浮かべた。


 夜闇に紛れるほどに小さき幼子、月明かりにその横顔が照らされているのだから、こうして目にとめることができる。それほどまでに、衰弱すいじゃくしきっていた。


 エリナは横目で採取さいしゅしたそれを見る。

 小瓶の中にある、赤色の水。

 特段はなんの変哲もない血液。


「やっぱり、


 彼の精神構造は、ひどく不自然だ。

 あるべきものがどこかに消失してしまっている。


 精神強度のわりに情報量が小さく、記憶容量に多大な欠損がある。これはまるで切り取られたような・・・。


 それでは残りの、切り離された情報はどこに行ってしまったのか・・・。


「ならあの泥は肉体に付随しない・・・、私たちが扱う魔術のような・・・」


 脳内に仮説を立てながら、地下への道を開く。

 一見では何の変哲もなかった床に、薄暗くじめじめとした道が現れた。


 エリナは工房に向かう道中でも、頭の中ではゴオの扱った禍々まがまがしい異形が占めていた。そうして調べた痕跡の事も。


 

 そんなこと、ありえるのだろうか。


 どんな些細ささいで小さな事象であれ、そこには理由が存在する。

 私たちが扱う魔術が、その最たるものだ。

 

 私たちは〝それ〟から間借りしているに過ぎない。


 使


 生を受け、常に私たちの周りで蔓延はびこる、当たり前のように甘受かんじゅしたモノ。

 それが痕跡こんせきであり、すべての超常たる力の源だ。


「異常だ」


 だが、目前の景色、彼の血を媒介とした魔力循環を見てみろ。

 ほの暗い新緑しんりょく薄光はくこうが照らす工房で、一層は強く脈動みゃくどうする血。

 原子融解げんしゆうかいにも似た熱量の暴走、つまりこれ自体が魔力の塊だ。


「魔力原子の活性化?・・・待って、つまりは・・・」


 どこにも繋がっていない。いや、これこそが・・・・。


「おかしいのは私たちで、ゴオの方が正常なのだとしたら・・・・うっ!」


 突如、魔女は自身の頭蓋を抑える。その鈍痛が、彼女の思考を乱す。

 脳漿のうしょうが荒ぶるような情報の濁流に、魔女自身が耐えきれず、膝をついた。


「こんな、・・・ものッ・・・・・!」


 


 そう至った時点での阻害、もはや彼女の中では明白であった。


「アアァッ!」


 エリナは即座に工房を破壊した。これまでの研究成果など二の次だ。

 今求めているのは、その源。更には、その先の・・・。


 


 神経の伝達速度すら超える潜航せんこう

 魔女エリナであるからこそ、可能たらしめる芸当だ。


 彼女は室内の魔力痕跡を見つけ出し、その奔流ほんりゅうの出所を追いかける。


「頭が・・・割れるッ・・・・」


 のたうち回るエリナ。だが、痕跡を辿った彼女、気の遠くなるような、そんな言葉がかわいく思える飛距離を進んだ先に、〝それ〟を見た。


 そこは、何も見えない暗闇だった。

 光を呑みこみ、そのまま自身の色に塗り変えてしまうような暗澹あんたん


 視界の端には、散りばめられたような星々。

 おそらくここはあの空の先だ。


 だが、エリナにはそんな情報は入らない。

 彼女は目前に相対する〝それ〟に恐怖していた。


 視線を上にあげ、目を見開く。


 


 星々に鎮座する白き巨体。世界群の情報体中心。万物の現れる場所。

 そうか、私たちは、魔術とは、そので——————————。








【異常な思考回路を検知、これより滅却に移行する】








 パンッ!


 工房には、鮮血の霧が満ちた。


 

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