翌朝

大森林、奥地、魔女の家———


 朝日に照らされた木々から風が抜ける。

 熱を灯った朝日、涼し気なひんやりといた風がなんと居心地の良いことか。

 森の獣達も自然を利用して自身の住処を確立するのはあちらの生態系と変わらないようだ。


「うおおおおおおお」


 そんな木漏れ日が見える静かな森の奥地で、正反対な雄叫びを上げる少年、ゴオ・ダンの声が響いていた。


「頑張れ♡、頑張れ♡」


 その傍らでは年甲斐としがいもなく応援する魔女の家の家主、エリナ・ウィッチの姿。


「手からゴーって、ゴーって出すイメージ」


 魔術の修行を始めると言い、かれこれ一時間経った。魔女エリナからは抽象的ちゅうしょうてきな指示しか出されずゴオは一時間も間抜けな姿を晒していた。

 それに申し訳ないのだが、少し幼稚な応援に今の状況がバカらしくなってきていた。

 エリナも初めはまじめに応援していたが、今はゴオの姿を楽しみだしていた。


「エリナさん!もっとはっきりとした訓練方法はないんですか?!呪文とか、書物とか!」


 エリナはダンの言葉を聞き、訓練方法を提示するのではなく、手を合わせる。

 返ってきた言葉は魔術に関する知識ではなかった。


「ごめーん!私こんな初級のもの教える機会なんて来るわけないと思って!それに呪文なんてとっくに忘れちゃった!」


「そんなぁ・・・」


「ほら!魔術って実のところ大切なのはイメージだから!呪文なんて必要なのは初めだけで、出し方を憶えたらもう必要ないの!」


(魔術ってそんなおおざっぱで良いの?料理で慣れたら、計量しなくなるようなものなのだろうか?)


 そんなことを考えながら両手を前に出し、踏ん張ることかれこれ一時間、これだけでもさすがに疲れたので両手を降ろした。

 傍らで腰かけていた(土の魔術で製造した椅子に)エリナは立ち上がり、砂を払うとこちらに歩み寄る。彼女もどう教えたもんか頭を悩ませていた。


「ん~、やっぱり初めからイメージだけは難しいか」


 顎に手を当てながら、方法はないかと考えるが、なかなか出てこないようだ。

 そもそもゴオにはあれがどういう原理で出ているのかわからないので、出せと言われても困るだけであるわけだが。


「もっとないですか?なんか僕がイメージを感じやすい方法とか」


 ゴオの進言を聞いてはっ!となり、何かを思い付いたのか指示を出す。


「ゴオ、ちょっと両手を前に出してくれる」


「?‥‥こうですか」


 言われるがまま、再び両手を前に出す。するとエリナは背後に回り込む。

 何をするつもりなのかわからず不安になったその時、肩の両サイドから手が伸びてきた。通過し手は、正面に伸びている手の甲に合わせられる。

 慌ててその場から飛びのき、距離を取ろうとしたゴオだが、両側から抑え込まれてしまった。


「こ~ら、動かない!今から火、出すからね!感覚憶えて、イメージする!」


(そんなこと言われても集中できない!その…いろいろ当たってる!ていうかこの人!距離感が近い!寝るときだって…昨日はろくに眠れなかった!)


 そんなゴオの気持ちとは裏腹にエリナは魔術を発動した。ゴオの掌に熱が発生し、火傷を恐れ意識がそちらに向く。見ると、そこには火の玉があった。


「わあぁ…」


「どう?」


「すごいです!」


「じゃなくて、イメージする!」


「ああ、はい」


 注意されて、手先に意識を向ける。

 彼女は魔術にはイメージが大事だと言った。であればこの他の内にあるものから何かしらの情報を取り入れなければならないのだ。

 感覚的な物だろうが何でもいい。ゴオはとにかく手先に意識を向ける。


(うん、熱くて。それで…うん熱い!)


「熱いです!」


「う~ん、それだけかぁ。まあそうだよね…」


 彼女は先ほどと同じ位置に戻り、何か別の案がないか考えた。

 ゴオはふと、先ほど感じた感覚がもう一つあったことを思い出し、語る。


「あと、なんか火が出る前に流れ?みたいなのを感じました」


 それを聞き、「それだよ!」とエリナが答えた。改めて先程の感覚を思い出し、魔術の発動を試みる。傍らではエリナさんが見守っている。

 先程の流れと熱が手から手のひらの中に流れることをイメージする。

 先程のお手本から産み出すことをイメージする。

 初めはなにも起きなかったが何か掌から熱を感じた。これはいけると思い、続けると火の玉が出現しだした。


「やった!やりました、エリナさん!」


 使えたことを喜び、師であるエリナに見せようと後方を振り返ろうとする。


「あ、まずい。ちょっと待って!」


「え」


 途中で呼び止められたため、制止する。今向いている向きは道の続く前方ではなく、魔女の住居がある後方でもなく、豊かな自然広がる右方向だった。


ゴオオオオオオオオオオッ!


 ゴオが呆気に取られているのもつかの間、魔の前で突然の自然破壊が巻き起こった。


「わああああああああ!」


 発射される火炎放射、焼ける森林、響く絶叫。

 師エリナに助けを求めるべく叫ぶ。


「どうしよう!エリナさん!これ、どうしよう!」


「お、落ち着いて!手からの流れを止めるイメージ、断ち切るイメージをして!」


 言われた通りにする。すぐにでも子の惨劇を止めるべく行動に移す。流れを止める…、流れを断ち切る…。

 だが一向に止まる気配はない。それが更にゴオを焦らせる。


「ダメです!止まりません!どうしよう!」


「え⁉ウソ⁉えっと…、じゃあ…ええっと…手を上にあげて!」


 今度も指示に従う。今度はうまくいった。火球は供給源を失い、消滅した。

 ゴオの前方にあった灯は徐々に弱り、掻き消えてくれた。


「よ、よかった…」


 安心していると、ゴオを心配してエリナが近づく。


「大丈夫⁉手とか火傷してない⁉」


 ダンの両手を掴み上げ、掌を確認する。皮膚には見たところ異常はないが、彼女はそれでも満足しないのか掴んだゴオの手をジッと見つめる。


「だ、大丈夫ですから!けがはないです…ん?」


 恥ずかしくなり、顔を背けた。すると、何か異常を感じた。


(なんか明るくて、焦げ臭いような…)


 夜ではないのだから周囲が明るいのは当たり前だ。でもそれにしても明るすぎる気がした。

 ゴオは異常を感じた方向を向く。


パチパチ、メラメラ。


 目の前では赤黒い景色があり、黒煙が立ちこみ、周囲の小動物は慌てふためくさまは何とも悲壮感を感じた。うん、まあようはあれです。

 森林が燃えていた。


「わああああああああ!」


「だ、大丈夫!消すから!」


 その後、エリナによって火事は収まったそうな。

 ほんと、ごめんなさい。



                  ◇ ◇ ◇



 その後、ゴオは火炎の魔術のコントロールを行い、なんとか自身の意思で調整できるようになった。エリナ監修のもと火力が強すぎる毎にエリナの水の魔術を頭から被りながら。

 案外早くに一つ目の魔術を覚えたものだから、エリナは次の魔術に取り掛かる。


(あいつが何かした?)


 不自然すぎるほどうまくいきすぎるものだから、妙な勘ぐりを抱いてしまう。

 自身が意識を戻す前に奴に身体をいじくられているのだ。まだ何かおかしなものをねじ込まれてもおかしくない。

 そうして水と風の魔術を放ち終えたゴオを、エリナは次へと進ませる。


「風も水もいい感じね!じゃあ、次は岩なんかも出してみようか!」


 教え子であるゴオ・ダンに師であるエリナ・ウィッチが次の魔術を伝授する。伝授と言っても初めに火を出した時と同じように密着して、出し方をフィーリングで覚えるというやり方を繰り返しているだけだが……。

 エリナは今度も同じやり方でゴオに魔術を教えようとすると、ゴオがそれを制止する。


「ちょっと待ってください、これ別に後ろからじゃなくても正面から僕の手に触れてくれたら済むことじゃないんですか?」


「……」


「エリナさん?」


 師である彼女は少しの間、思案しるとにこやかに笑い、そのまま続行する。


「ちょ、ちょっと!」


「まあ、いいじゃない♪いいじゃない♪」


「これ僕が落ち着かなくて嫌ですよ!」


「え~、私はこの方がいいな~」


「いや、でもッ!」


「…私、ゴオ君は女の子の服を着ても案外イケると思うの。それなら今の私たちは姉妹に見えない?姉妹だったら、密着するのもおかしくないよね?」


「それは理由になってないです」


「この子たち、ほっといても大丈夫かな?」


「急に話変えないでくれます⁉」


 今現在、彼ら子弟は魔獣に囲まれていた。

 西の四大聖獣が一角、獣王の眷属であり子である獣達に。

 彼らは分離元である親と同じく誇り高く、その俊敏な肉体駆動を持って敵を屠る。

 元来誇り高さから人には絶対懐かない。

 誇り高いはずなのだが…。


『主!主!主の匂いがする!きっと主だ!』


『ねぇねぇ、主がメスに絡まれてるよ?守ったほうがいいかな?』


『いいんじゃね?主、見た目抵抗してるけど、心は喜んでるし』


『え?でもあいつ前の主のトラウマじゃん…』


 誇り高い彼らは子弟の周りでくつろいでいた。

 彼らは元々、一つの生命体だ。それが基盤となる親から分離したものが子である。なので彼らは自身の肉体的損傷と痛覚以外は連結した状態となっている。

 だが今は親から子への感覚共有と思考共有は行われていない。

 これは以前、子からの情報量が多すぎて煩わしく思った獣王が子から親への感覚共有と思考共有をカットしたからであり、今もその状態が継続されている。


(こいつら襲ってこないけど、本当に大丈夫かな?今のところ無害だからいいけど)


 少し前に自身を襲った魔物と同種のものが近くにいて、気が気でなかったが、今の魔物のくつろいだ状態から猫を連想して落ち着いた。

 それよりも今は背後にある重量の方が落ち着かない。


「自分は前からでも大丈夫ですから!」


「じゃあ、はじめるよ~」


「聞いてない!」


 エリナはそのまま魔術を起動させる。手の甲から伝わる魔術の流れを背中のものに気を取られないように感じる。後は簡単だ、前に火や水、風をだした時と同じく、今の感覚を憶えたまま発現させるものをイメージする。

 彼女が手本の岩を作り終えて、離れた後自分も魔術の発動を試みる。岩を生み出すことをイメージする。

 彼女の言っていた通り、魔術はイメージが大事らしい。こんな簡単でいいのか魔術。

 そんなことを考えているともう手のひらには岩が出現していた。


「うんうん、できてる!君、呑みこみ速いね!……この前は初めてだって言ってたけど、実はどこかで魔術を頻繁に見てた?」


「あ、…えーと。はい」


 見てたかと言われれば見ていた。画面や本の中でだけど。

 なのでどう答えたものか悩んだが、嘘は言っていないので肯定する。

 ゴオの返答に納得しかけるエリナだが、疑問を憶えたようだ。


「ふーん、だからこんなに早く、いやそれでも…」


 空気を読んで相手の意見に同調したのだが、それが余計に彼女を混乱させてしまったらしい。

 その反応を不安に思ったゴオはエリナを呼び掛ける。


「……エリナさん?」


「ああ、ごめんね。じゃあ、今度は少し難しいのやろうか」


 彼女は数歩前に歩き、「見ててねぇ~」と言うと両手を前に出す。

すると先ほど教えられた火と水、土と風が出現し、それぞれが円を描くように集まった。しかもただ集まるだけではない。各属性にきっちりと区分され、宙に四等分された魔術の塊が円状にできていた。

 手本を見せ終えた彼女は魔術塊から手を放すと、霧散したり、地に落ちたりした。


「はい!やってみて!」


(エリナさん、これはさすがに出来ないです…)


 一属性ならまだしも四つ同時には・・・・。






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