逆さまの選択
「はあ、はあはあ。ゲホッゴホ!」
薄汚く
「はあ———、ここまで来れば」
森の奥地で尻もちをつき、呼吸を整える。
「…これで良かったんだ、これで」
呼吸と自身の気持ちを落ち着かせ、自分の行いを肯定する。あのままでは僕はもちろん相手も傷ついてしまったかもしれないんだ。これが正しい選択だ。
そう自分に言い聞かせる。他に選択肢などなかったのだと。
「うううううう」
周囲に誰もおらず今のこの状況に嫌気がさす。ここに来てから良いことなんて一つもない。手に入れたものは苦痛と悲しさばかり。
僕はただ幸せが欲しかったのだ。生前たくさん苦しんできた。だからせめて異世界では幸福になりたい。幸福になれると希望を持った。
だが現在の少年はそんな言葉とは真逆の状況にあった。こんな幸せとは程遠い異能まで与えられてだ。
「ぐうぅうぅぅう」
歯を食いしばる。周囲にあの獣がいるかもしれないという懸念を抱く余裕も彼にはなかった。少年は苦悶の声をあげる。
(もう嫌だ…こんな目に合うなら異世界になんて来たくなかった!)
確かに向こうの世界で読んだ本では、序盤に主人公が最悪な状況に
異世界からの来訪者は悲しみの声を上げる。
すると、微かな物音が聞こえた。
「⁉」
先程の獣か、と考え息をひそめる。だが物音がした方向からは何もない。
恐怖はあったが確認することにした。近づいてみると、人間の話し声が聞こえてきた。
「——————だぜ」
「———殺———ろ」
「生け——————」
向かう足を速めるが、本来は人が通りことを想定されていない森の中だ。だが歩きづらくはあるが、着実に近づいてはいる。
そして声は完全に聞こえた。
「いや、絶対に殺した方が良いだろ?」
その言葉を聞き、声を求めた者は慌てて木々の裏に姿を隠した。
少年の起こしてしまった間違いは、その時に物音を立ててしまった。
「‥‥おい、向こうになんかいるぞ」
両手で口を塞ぐ、意味もなく身体を最小限に縮める。
少年の気と肉体とは反比例したかのように、殺伐とした言葉を吐いた人間の声が大きく聞こえた。
「人間だったら殺すけど、問題ないよな!鉱山都市の衛士かもしれねぇし!」
その言葉を聞き、身体が震えだす。絶対に見つかってはいけないことも明らかになった。
数の不利は理解している。見たのは一瞬ではあったが彼らは三人組であった。最悪能力で自分は生き残れるが、あんな状態になるのは二度と御免だったので身を隠す。
すると仲間の一人が話し出す。
「こんな森の奥地に鉱山都市の衛士がいるはずがない、理由もないだろう。我々だってここまで来るのに苦労した。小動物の類だろう。それか獣王の子だ。まあ子なんて我々には問題ないがな。行くぞ、早く目的地を目指す。秘宝を何としても我々が手に入れなければ」
「なんだよ、ケチ臭いこと言うなよ、先輩!魔女と戦う前の準備運動だっつの!」
「……お前はもう少し目の前のことに集中しろ。余計なことをするな。そんなだから弟に先をいかれるんだぞ」
その言葉に口調の軽薄な男の動きが止める。表情も先程の
「てめぇ、なんつった?俺があいつより下だって?あんな革命派に寝返った雑魚と?ハハッハァ!……冗談でも殺すぞ?先輩」
そんな言葉と殺気を孕む視線を浴びせられた先輩と呼ばれた男に動揺は見られない。冷静に激情した彼と向き合い、言葉を放つ。
「事実を言ったまでだ。貴様は少し遊びに傾く気がある。レクス坊を少しは見習うんだな」
「ふざけんな!俺はあいつより上だ!まだそんなことほざくんなら顔の皮を剥いでやる!」
その怒りと共に仲間へと斬りかかる。いつの間にか彼の手にはナイフが握られていた。
そんな突然の見方からの攻撃にも先達の男は冷静に対処した。
素早く腰の剣を剥き放った先達の男はナイフを受け止める。
少しの間、剣とナイフが震え、拮抗したが、先達の男が剣を振り切り、怒りに呑まれた男を後退させる。
「人員を減らすわけにはいかない。お前にも働いてもらう。余計な手間を取らせるな、行くぞ」
「……へーい」
一先ずは脅威が去ったことに安心する。
改めて自分の運のなさを痛感する。そしてやはり自分は幸福になれないと理解してしまった。
しかし、一つ気になることがあった。彼らが向かった方向、それは先ほど少年が逃げてきた方向だった。
「…‥‥‥‥」
彼らの仲間のうちの一人が言った発言、加えてあの家で最後に自分が見た光景が繋がる。
よくある、夢のある話だ。森の奥地にお宝があり、それを盗む賊軍。
良くある構図だ。お宝は大体、洞窟の奥地にあったり、竜が巣を作った場所、そして自分が先程いたような魔女の住居だったり。
賊軍にとっては今が好機だろう。なんせあの家の主は今、床に横たわっているはずだ。お宝を盗む絶好のチャンスだ。
「‥‥‥‥‥」
脳内にある不安が残る。あの賊軍は殺すと言った。もしもあいつらの持つ凶器が自身を救ってくれたあの人に危害を加え…‥。
「いや、もう無関係だ。無関係であるべきだ。あの人がたとえ‥‥」
その先の言葉に詰まる。艶やかな黒髪が、あのどんな宝石にも勝る綺麗な瞳が、少しの間であったが僕に向けてくれたあの笑顔が、もしも‥‥‥。
その場を右往左往する。喩え助けに向かったとしても奴らに殺されるだけかもしれない。それにせっかく生まれ変わらせてもらった命だ。無駄にはできない。今度死ねば、どうなるかわからない。
だけど‥‥‥。
「クソ!…単純すぎるだろ!僕は!」
助けてもらっただけで、一時の安寧を過ごしただけで、あのどんな女性よりも美しい姿に目を奪われただけで…‥。
これはあれだ。そうあれだ。
目を覆い、自分の愚かさを妬む。
だが今更同じこと、彼が愚者であることは変わらない。愚者は愚者であるがゆえに実に愚かで数奇な行動をとる。
「行かないと‥‥」
愚者は賊の後を追う。
◇ ◇ ◇
「ここか、周囲の確認を行え。罠が仕掛けられているかもしれん、注意しろ」
賊の一人が森の奥地にある民家を発見し、仲間に指示を出す。
彼は世界の東にある
命令の内容は単純、森の奥地に住む魔女から不老不死の秘宝を奪取しろ、というものだ。
そのためにこうして部下である二人を
一人は気楽な男。だがこいつは若いながらも腕が立つらしい。なんでも初戦で多くの武功を挙げた兵士だとか。
だが勅命を受けた兵士は彼にあまり良い印象を持っていなかった。
多くの武功を上げた、一見素晴らしいようにみえるが、その内容が問題なのだ。
彼の初戦、それは芸術都市の貧民街の殲滅だ。
芸術都市は美しさを重視する。そのため都市の主は薄汚い貧民街を
だが貧民街には番人がいた。〝掃きだめの巨人〟と呼ばれる部類の力を持つ番人が。
番人は貧民街の住人を募り、都市の兵士の進行を退けてきた。だがそれも彼が鎮めた。
彼も力では敵わないと理解していたらしい。なので精神的に番人を殺したのだ。
番人の男児を殺し、妻と娘たちも犯したのちに殺した。
守る者もいなくなったせいか、番人の抵抗は見る影もなくなった。そこからの惨殺は実に簡単だったらしい。
もう一人は魔女の居城であるために魔術師を手配された。
(確実にここに不老不死の秘宝があるはずだ)
疑う余地もなく、魔術師の部下に指示を出す。
「罠の探知を頼む。出来れば取り除け。相手に察知されるものであるのなら手を出すな」
「了解した」
魔術師の部下が地面に手をかざす。大地の触れ、魔術の
少しの間を置くと。
「魔術が展開されている様子はない。…ここは本当に魔女の居城か?」
あまりの無用心さに違和感を覚えた魔術師は兵士に問いかける。
対する兵士は…。
「そのはずだ。こんな森の奥地でただの人間が居を構えるものか」
魔術師の部下は確かにと納得する。するともう一人の部下が‥‥。
「罠はねぇんだろ!だったらさっさと宝を頂いちまおうぜ!」
不用心に家に近づく部下に警戒心を解いていない兵士は注意する。
「おいバカ野郎!そんな乱暴に近づく奴があるか!もっと慎重に‥‥」
「ダイジョブ、ダイジョブ。なんもないっすよ、センパイ♪それに罠はないんでし
ょ?だったら魔女もいませんって」
新人の兵士は扉を開き、中で見た光景に興奮を覚える。
「おっほ~、凄いっすよ!センパイ!中に美女が、美女がいるっす~。」
新人の兵士は先輩の兵士と仲間の魔術師に手招きをして、こちらにくるように促す。
警戒心を解かず、近づく二人。そして二人は扉の先で見た光景に目を奪われる。
そこにはなんと今まで見てきた中で最も美しい女性が、その雅な四肢を横たえていたのだ。その艶姿に二人は思わず言葉を失ってしまった。
「この者以外に人はいないのか?」
恐る恐る確認しようとするが、それよりも早く新人の兵士がズカズカと住居に侵入し調べる。彼は奥にある部屋にも入り、周囲を確認し、見たところ誰もいないことを確認した。
「誰もいないな~、それよりも俺こんなきれいな女見たの初めてだぁ」
「忘れるな、我らの目的は秘宝だ」
浮かれた様子の新人の兵士に真の目的を告げる。しかし、新人の兵士は任務などもうどうでも良いとばかりに目の前に横たわった女性に注目する。
その視線は女性に突き刺さり、上から下へ、また上へ。舐めまわすように視線を向ける。
「‥‥魔女とは聞いていたが、こんなだったとはねぇ~、俺頂いちゃっても良いです?」
「警戒を解くな!まだこいつが魔女だと決まったわけではない!それに任務中だぞ!おい!」
新人の兵士は聞く耳など持たず、魔女を抱きかかえて奥の部屋のベッドに運ぶ。彼の手際は早く魔女の両手はもう縛り付けられていた。
その様子を見た魔術師の男が顔を顰め、発言する。
「お前…魔女に欲情するのか?」
それを受けた新人の兵士は、関係ないと笑う。
「当たり前だろ♪こんな美人、食わねぇ方がもったいねぇ」
上機嫌に答え、彼は無造作に魔女の胸元を空ける。その二つの双丘が上下し、露わになる。
「やめろ!本当に魔女だったらどうする!殺されるぞ!」
興奮した雄に距離を取るように忠告するが、聞く耳を持たず、彼は魔女の服を脱がし始める。
「魔術には発動までに時間がかかるんだろ?だったら起きても首元にこれを当てて魔術を使うなって脅せば良いんっすよ♪それか殺すか」
新人の兵士は腰に着けてあったナイフを持ち、起用に回しながら答える。
「はあ、はあ‥‥こりゃあすげぇな」
改めて彼女の姿に感嘆の声を上げ、これまで呼び起こされたことのない興奮を憶える。この欲望を開放すれば、一体どれほどの快楽を得られるのか。想像しただけで達してしまいそうだ。
魔女も起きる気配など微塵もない。誰も自身を止める者はいないと理解した獣は欲望を忠実に解放しようとしたところで‥‥。
「う、動くな!」
その場にいた全員がそこに目を向ける。
そこには調理用のナイフを持った少年がいた。
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