おかえりなさい
大森林、中心地帯———
「痛ッ!」
地面に放り捨てられ悲痛の声を漏らす。神によってこの世界に送り出してもらえた。立ち上がった少年は辺りを見回す。
見えるのは森林、草、湖。人が住んでいる気配が微塵もない。
せめて、町の近くとかに送り出してほしかったという
(…まずは、人を探そう。それか町だ)
自分にはまだ何も情報がない。
ここで思考を巡らせても良い結果になるとは思えない。行動あるのみだ。
森林内部を探索する。
獣道すらない
(まっすぐに進もう、もしかしたら道なりに出るかもしれない…)
微かな音でも取り入れようと耳を澄ましていると、狼の遠吠えのような音が聞こえた。それが
道中、葉や枝が肌に擦り切れ、血が出る。
服をたくし上げて、抑えながら森を進む。
すると、木々の先に光が見えた。きっと出口だ。
走り抜け、森を抜けた。そこに見えたのは、広々とした平原。
この世界に来る前に見た整備されたアスファルトの街ではなく、人の手が施されていない土地だと一目でわかる。
そして改めて自分が異世界に来たことを実感する。
「おお…」
つい
幻想の中で人々に夢を与え、時に現実にさえ感情を伝播させる。そんな彼らが歩んだ冒険譚、その世界に自分も足を踏み入れるのだ。
大きな期待と
「ガウッ!」
突然、自身の右腕に熱を感じた。体のすべてに電撃が走ったような感覚に右腕を
「うわぁ!」
獣は荒い呼吸を吐き、鋭い牙を自分の右腕に食い込ませる。
「い、痛い!…くあ!離せ!」
抵抗を
しかし、その行動は無駄に終わった。
拳が当たる前に左腕が何かに引っ張られ、こちらの腕にも熱を感じた。その瞬間、次に見える光景が容易に想像できた。左腕を見るとそこにも先ほどと同じ獣がいた。
直後、両腕にさらなる激痛が走る。
「うわああああ!い、痛い!やめ、やめてぇ!」
獣は食い込ませた牙ごと頭部を左右に揺さぶる。そのたびに牙が食い込んだ部分から
少年は絶叫し、助けを求める。
「た、助けて!誰か!」
しかし、辺りには誰もいない。助けが来ないことを悟った少年は絶望した。
意思の疎通ができようもない生物に対して叫んだが通じるはずもなく、獣の噛む力は一層強くなる。
「あああああ、ああ、へあ⁉」
叫ぶ声に
頭、両腕を揺さぶられる。耐え難い痛みの
未だ抵抗がある獲物に、食欲による
頭部、両腕を喰らう獣は対象の体力を奪うため、何度も地面に叩きつける。
程なくして、捕食対象は沈黙した。
「………——————————」
少年を
引きずるごとに彼の体から血飛沫が上がる。大量の血を短期間で失ってしまったためか、体が脱力し意識が
そして少年は獣により、また森林内部に引きずり戻された。
◇ ◇ ◇
大森林、内部奥地———
そこに人の気配はない。聞こえるのは荒い呼吸のみ、
前支配者達は捕獲した食料を主に捧げる。
食料を持ち込む際に口からの涎が止まらない。しかし食べてしまうことなど許されない。自身が食べるものは主が食べてよいと認めたものだけ。
主の目前で食に走った兄弟は主に捕食された。
逆らおうなど考えもしない。
逆らおうと意識したとき、体が、本能が逆らうことを拒んでいる。
だから自分にできることは我慢することだけ、涎を垂らしながら、自身の本能に抗うのみ。本能に負け、主に捕食されるまでが自らの寿命だ。
前支配者達はそれまで主に従い続ける。
そして、中央に位置する小さな
欲を駆り立てる物を捨てるのは、何たる皮肉か。
崖下に座すのは獣達よりも二回りは巨大な獣。
その様は、四大魔獣の一角である獣王、その配下である魔獣に逃亡を望ませるほどの恐怖を与ええる。
だが、逃げることなど許されない。逃げようとした仲間は見せしめに捕食された。
以前の自身らの主であった獣王も捕食された。
あんなに足が速かったのに、あんなに強かったのにいとも容易く捕食された。
だから森の支配者たちは新たな主に食料を捧げ続ける。捧げものが獲得できなかった時が自分の死期だ。なぜなら持ってこなかった仲間も捕食されたからだ。
崖下から聞こえる
珍しく大物を獲得できたのに…。
獣は
◇ ◇ ◇
大森林、崖下———
「ヒュッ!」
体に
激痛によって気を失い、激痛によって目を覚ます。これを繰り返し行い、今が起きているのか眠っているのかを
「ひゅーー、ひゅう」
か細い呼吸を繰り返す。喉が熱い、顔が熱い、四肢が熱い、呼吸がまともに出来ない。生命活動を維持出来ない。
はっきりとしない意識の中で、まだ無事な左目で周囲を確認する。
崖上には数えるのも馬鹿らしくなるほどに先程の生物がいた。
それだけでも意識を手放したくなったが、さらなる絶望が崖下の中央に座していた。
そこにいるのは三つの頭部を持つ巨大な狼。
自分が生前、何度も聞き、何度も見た神話の生物。
それの存在によって改めて自分が別世界に来たことを再確認する。そしてこれから自分に起こるであろうことも容易に想像できた。
三首の獣はその六つの目で自分を視認する。
「ヒュッ⁉」
悲鳴にもならない声が上がる。
明らかな格上の相手、敵わない敵、捕食される未来。
獣はこちらに歩み寄る。
ズ…リ、ズリ…‥、ズ……リ…。
逃走を試みるが四肢は動かない。芋虫のように胴体で這う。
(ははっ、そうか…。両手、両足しか傷つけなかったのはこのためか…)
簡単な話だ。手下がボスに向けた捧げもの、それが今の自分だ。
このような状況にも関わらず冷静に思考する。それは諦めか、それとも今もなお助かろうとしている行き汚さか。
しかし、それはコンマ数秒の先延ばしに過ぎない。少年の運命は揺るぎなかった。
「フルルルルルッ!」
獣は喉を鳴らし、舌なめずりをする。奴からすれば少年は新しい餌だ。
そして自身の食事になんの
獣の常識。強い者が捕食し、弱い物を捕食する。弱肉強食。
ズシリ……‥。
「ぶッ!」
獣の脚が自分の胸を押さえつける。
動くことを不快に感じたのか行動が否定される。
獣は徐々にその体重を少年に乗せ、彼を押しつぶす。まだ痛みを感じて声が上げられることに少年自身も驚いていた。
「スンッ‥、スンスンッ…」
獣は少年の食料としての位の高さを評価するように自身の鼻先を用いる。
食料として評価された少年は、空腹を満たすものだと認められる。口内に広がるであろう鉄の味、
その巨大な重量感を感じさせる牙が持ち上がり、獣の口が捕食対象の腹部に近づく。
「‥‥あ…‥」
自身の
この獣が自身を舐めるだけに止め、
しかし、そうなるはずもなく無慈悲に獣の牙はおろされる。
グジュリッ……。
「あ」
熱い。
「アアあ」
熱い。
「あああアああアァああぁあああアアアアアアァアアアアぁアアぁアアアアアアアアアアアあああああああアあああああああああアあああああああああアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアア」
絶叫。聞くの絶えない音の弾幕。捕食対象は今、その腹を、内臓を、
意地の悪いことに捕食者は食事を深く味わうように少しずつ、少しずつ捕食する。
ブチッ!ビチッ!ビチビチッ!ブチブチッ!
腸が引きはがされた。内臓を引きずり出された。
腹の中が
(熱い!痛い!熱い!いた、熱い!痛い!熱い!)
こんな熱さは知らない。耐えられるはずがない。さっきのこいつの手下に嚙みつかれた熱さなど可愛いものだ。
脳に情報が幾度となく
「ハハッ!」
あまりの痛みに笑いがこぼれる。気狂う!こんな感覚は初めてだ!正気を保てない!正気でなんていられるはずがない!
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
血交じりの
しかし捕食者はそんなことなどお構いなし。ただ食事を楽しむのみ。
そのはずだった……。
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