来訪者変質、然して異形へ
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
そして三首の獣の
よじれる内臓に笑いが止まらない。掻き分けられる
人格がその端から形を失い、零れ落ちる。
自分の最後はこんなものなのかと。その末路は呆気なく失笑する。
自分の中の黒い部分、その
三首の獣は自身の食欲を満たすため、目の前の人間の内臓を貪る。その湿り気のある
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
頭上で騒がしい。この騒がしさをなくすために頭を食らってしまおうか。
そう考えた三首の獣に突然口内に不快感が発生する。
無味無臭の柔らかな物体、獣の背筋に怖気が走る。あまりの不快感に頭部を
三首の獣は後方に退こうとしたが大きな力で引き戻された。自身の口先を確認する。
そこには自身にへばりつく黒い肉塊、黒い
三首の獣はこの餌を仕留め切れていなかった手下の無能ぶりに
この者に口をつける前に十分に警戒した。鉄の匂いを確認し、嗅覚による安全性の確認も行った。斬撃による脅威が存在しないことを調べた。
だが事実としてこの餌はまだ脅威を隠し持っていた。口内で黒い肉塊を噛みきる。だが噛み切れど、嚙み切れど肉塊は溢れるばかり。増えてすらいる。
三首の獣は徐々に頭部を、次に胴体を、その手足を徐々に黒い肉塊に飲み込まれていった。
獣は獲物の息の根を止めなかった。それは以前そうあるべきだと誓った在り方を
獣王に変わった森林の新たなる王は今、醜く黒い肉塊によって討ち取られた。
◇ ◇ ◇
「ハハハハハ‥…は?」
狂人は自身の肉体に起きた異常によって正気を取り戻す。
視界は少しぼやけているが正常だ。だがそれだけである。それ以外で自身の肉体が今どうなっているのか認識できない。
(僕は今どうなっているんだ?)
状況の理解に
それに先程まで自分を貪っていた獣の姿もない。
(僕は死んでしまったのか?)
目の前の
獣達は目の前に現れたそれに恐怖している。あまりの恐怖に失禁している個体までいるほどだ。だが当の本人は気づいていない。
脳に送り込まれている情報量の多さから自分の視界が通常よりも高くなっていることにようやく気づいた。
(なんだこれ⁉…‥‥そうか!)
考えを巡らせた少年は自身の生前に読んだフィクション、それと今の状況を照合してとある答えを導いた。
物語の中の主人公達、彼らは危機的状況の中でその力を開花させ、活路を見出した。自身の視界の状況、脅威の消失からそれが起きたのだと、そう結論付ける。
(あの神様も人が悪い。初めに発動条件を聞いておけばよかったけどしょうがない。今わかっただけでも収穫だ。‥‥まずはあの平原の先に行ってみよう!あの先に運よく街なんかがあれば良いんだけど…)
崖上に視線を向ける。視線の高さからによじ登れそうであることが伺える。
(僕のこの能力はなんなのかな?体の増大?)
自身の能力を考察する。だが視界が悪いせいで状況が確認できない。
(まあ、それはおいおいで良いか…ん?あれは…)
再度、崖上に視線を向ける。そこには恐怖によって体を強張らせた獣達。何匹かは逃走を試み、もうこの場にはいない。ここにいるのはあまりの恐怖に体が起動しなかったもの、対象のその巨大さに絶望したものの二者だ。
(‥‥‥さっきはよくもやってくれたな、ちょうどいいや)
自身に加えられた傷。それを思い出し、復讐心が芽生える。それに能力を確認したかったから都合が良かった。
(試しに殴ってみるか?・・・ていうか今僕って人間の形をしてるのかな?)
そう考え、体を動かそうと試みる。
(?…?…⁉)
試してみてわかった。自分の体は全く反応しない。自由意志が働くのは視界だけ。それ以外はびくともしない。
(どうなってるんだ……ぶっあがぁ!)
自分の状況に
突如、
視線を下に向ける。そこにあったものにさらなる吐き気が呼び起こされる。あまりの悪寒に目を背けることすら忘れていた。
無数にうねうねと
(なんだ⁉なんなんだこれ⁉うぅ、気持ち悪い!それに吐き気が止まらない)
頭痛、
(誰か…誰か助けて!)
あまりの不快感に助けを求める。しかしその声なき救援信号を受け取るものがこの場にいるはずはない。絶望しかけたところで視界の景色が移動した。どうやら言うことのきかない肉体が動きだしたようだ。
肉体は崖上を上り、獣たちの前でその身体を停止させる。
「ギャッ⁉」
獣の悲鳴が漏れる。ヘドロの足は獣を瞬きの間に踏みつぶした。
(おい、何をする気だ⁉)
最悪な予感が頭を過り、それは見事に的中した。視界に黒いヘドロが動き出すのが見えたのだ。ヘドロは獣達の中の一匹を掴み上げ、顔に近づける。
そして次の瞬間‥‥。
ベキ、ボキ、バキ、パキリ!
自分の口の中で感覚が走った。鉄のような血の味、骨の
(ああ…あああぁぁ、気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!…んばらがぁが!)
あまりの不快感にさらに吐き出す。先ほどと同じく黒い触手、黒い海が出現する。
驚くことにその触手と海は近くにいた獣をつかみ取り、飲み込んだ。
さらなる不快感が自身の口内を襲う。
(俺こいつらを食ってるのか⁉……あげぁぁっぁぁああああ)
さらに吐き出していた。逃避願望が増し、自身の体であるにも関わらず懇願する。
(ああああああああぁぁっぁああ、もうやめて!もうやめて!もうやめて!お願いします!もう無理です!お願いです!やめてやめてやめてやめやめやあああああああああああああぁっぁああがあああああ)
しかしそんなものはお構いなし、肉体は獣の肉を貪る。
そしてその場から獣達がすべて消失し、苦行の終了を察知して安心する。
荒い呼吸を整える。だが頭痛、嘔吐感は消えない。今もなおあり続ける。
あまりの
するとその頭痛と嘔吐感は、この力を自身に与えた神への嫌悪感と怒りに変わっていた。
(あのクソ野郎!こんな能力だったなんて。冗談じゃない!冗談じゃない!冗談じゃない!こんなもの恩恵でも、祝福でも、チートでもない!こんなのただの呪いだ!)
怒りの矛先を数刻前に会話していた神に向ける。だがそんな怒りで収まるはずもなく、またこんなものではまだ足りないのが当然だ。
その時、少年は神の手向けの一言を思い出す。
〝『安心すると良い、私は君を常に見ているよ』〟
その言葉に更なる怒りがこみ上げる。
(ふざけるな……!)
異常事態であるにも関わらず苦言を吐く。自分が理想が狂い、怒りを露わにする。
そしてここには存在しない神に向けて感情をぶつけていると、突然巨大化した身体が動きだした。
(クソ!また動き出した。止まれ!止まってくれ!)
制御を試みるがもはや自分に自由意志がないのは明白。
そのまま制御の利かない肉体は森林を進む。
それが進むたびに森林から悲鳴が上がる。森林の住人であった動植物たちは己が領域を侵略され、その存在証明が
それは森を掻き分け行進する。木々は自ら道を開けるようになぎ倒され、動物は身を隠す。止められるものはどこにもいない。今この瞬間はそれが森の王となった。
(ぼ、僕はどこに向かったいるんだ?)
森林を直線に突き抜ける。この体が思考するとは思えない、ただ機械のように進んでいるだけだと思えた。
しかし、森林を抜けた時、それが違うことを理解した。
自身が進むその彼方、そこには壁に囲まれ侵入を拒む都市があった。
森林から出現したもの、それは黒い怪物であった。形のない
怪物は都市を飲み込むべく津波のように行進を止めない。その勢いは増すばかり。
(だめだ!このままじゃあ…)
街に到達してしまう、街に放たれたら自分が何をするかわからない。最悪の場合、
頭部に痛みが走る。都市の方から矢が飛んできた。だがそんなものでこいつは止まらない。止めるどころかこいつを興奮させてるようだ。自分の化け物と化した体に意識を向けると雄叫びを上げ、行進速度は増す。
その後も自分を仕留めんと矢が迫り、頭部に命中する。この都市の護衛はとても優秀なようだ。この距離から正確に自分の頭部を射抜いている。
(ダメだ……誰か!誰でもよい!誰か僕を止めてくれ!)
犠牲が出た後の結末を想像する。
都市を脅かす存在、それは人類の敵である化け物ではないだろうか。
人々の手によって掲げられる自身の生首に、絶望をおぼえて助けを求めた。
するとその要望に応えてか、目の前に一人の人間が現れた。
巨躯を誇る男は手に持った大盾を掲げ、体当たりを試みようとしていた。
(ダメだ、来るな!いくら何でもお前じゃ僕を止められない!無茶だ!)
巨躯の男に、見下ろした先にいる小さき人間に忠告するが、声は届かない。冷静になり、自分は声を発することもできないことを再確認する。
もう遅い。男は盾を構え、完全にやる気だ。なんて無謀な男なんだ。たった一人でこの恐ろしい姿、力を誇る怪物に飛び込んでくるなんて…。
実際には確認できなかったが、おそらく今の自分は、自身を食い物にしていたあの三首の獣を倒している。つまりそれだけの力を持っているということだ。
自分以上の巨躯を誇る怪物ならわかる。なのにただの人間がたった一人で僕を止めようと試みるなんて。
不可能だ。
そう結論付け、自分の今の体への抵抗を諦める。ここまでくればもうおしまいだ。
このあとはおそらく、自分は人殺しの怪物として追われる身となるだろう。この姿にならなければ看破されることはないだろうが。もしも看破された場合、この世界の軍事力が僕を
そう考え目の前の男から目を逸らす。人が死ぬ姿なんて好きで見たくもなかったからだ。
グチャッ!
行動意思は利かなくても、体が感じた感覚は受信できる。あの森林で獣たちを貪ったことで、それはわかった。
痛覚のみ感じられないのは、せめてもの慈悲なのか…。
巨躯の男は異形と化した自身の頭部に激突し、その命を終えただろう。
(ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!許して‥‥‥え?)
頭部で男を吹き飛ばした。そのはずだ。
だが、受信した感覚が自分に疑問を与える。
自分が受け取った感覚。それは頭部に冷たく硬い鉄のもの。
(そんな、そんなはずは!…でも、もしかしたら)
脳内で起こりえないことを予想する。そんなはずはない。そんなはずはないのだ。だって戦力差は明らかだった。対抗できるはずがない。
恐る恐る視線を上にあげる。
見た景色によって、歓喜と感謝が沸き上がる。
なんと、この人間は生きていた。あまつさえ自分を押し返さんと奮起していた。
(そうか!ここは異世界!それなら、もしかしたら!もしかしたら!)
愚者は最後に希望を見た。
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