第4話
爆発の時、俺だけは馬車から飛び出せる位置にいた。
闇の精霊は闇からしか呼び出せない。
闇にはいくつかあるが、影でも呼び出せる。
夕暮れ時、馬車の影側に座っていた俺は目標とする場所に達すると闇の精霊を召喚し、橋下に事前に仕掛けていた爆弾を起動した。
闇の精霊の召喚は急には行えない。
彼らは何もできずに落ちただろう。
そして俺は「影の手」を伸ばして、落ちていく馬車から橋の上へと離脱。
あらかじめせき止めていた川の堰を事前に外していたために、川の量は増水している。
雪が降るほどに冷たく、流れも激しい川だ。
川に入ると同時に体温を一瞬で奪われて、その水量に揉まれ、何もできなくなっただろう。
見事、俺の家族とその仕える者たちはそのほとんどが死亡した。
後は家に残っている者たちだけ。
そのはずだった。
「そうか。お前もついに覚悟を決めたか」
俺の目の前には、自身の精霊を召喚した父親が立っていた。
その体に多少の傷はあったが、大したものではない。
いつ、いったいいつ召喚したのだ。そんな暇はなかったはずだ。
「だが、少し時期尚早だったようだな」
そういいながら、目の前のバケモノが近づいてくる。
そしてその後ろには弟と妹が登ってきていた。彼らも闇の精霊を召喚している。
服も濡れていない。落ちていない。
つまりは馬車が爆発してから川に落ちるまでに召喚したということだ。
…ここまでの実力差か。
「お兄ちゃん、もう生きるの諦めたの? それとも私のペットになる?」
「兄さんは俺が改造魔獣と合成する予定なんだよ。だから弄るなよ」
「えー」
気が狂っているとしか思えないセリフを平気で吐いてくる。
妹の能力は洗脳系、弟の能力は切断系だ。
父親は身体能力強化、だったか。
この三人と正面から戦って勝てるとは思えない。
普通に手数で負けるだろう。
深呼吸。
…作戦通り第2フェーズに移行するか。
このために作戦を分けているのだ。
つまりは。
「あ」
「にげた」
「ふん」
俺は森へと逃げた。
川の近くにある森。
虚の聖樹があった黒闇牢ほどじゃないが、闇と共にある森。
その中を走っていく。
「どこにいくのー?」
後ろから妹たちの陽気な声が聞こえる。
俺自身闇の精霊に強化されながら走っているのだが、これくらいの速度なら余裕でついてこれるらしい。
「…」
走る、走る。
暗い森の中、木をよけ、小川を飛び越えて走り続ける。
おかしい。まだ詰めてこないのか?
妹たちならまだしも、父親は俺をすでにとらえられるはず。
何故来ない。
不審に思いながらも森の中を駆けていく。
そろそろ、俺のフィールドだ。
速度を少し落とす。
そして追いついてきた妹が闇の精霊の力を用いて空中に生成した黒い針を飛ばしてきた。
あの針はどこかに刺されば、そこから体内に侵入し、脳にまで達して洗脳を行う。
つまり、針に一度刺さればその場でアウトだ。とんでもない能力だ。
「お兄ちゃん! 私の奴隷になって!」
俺は飛んでくる針を同じく闇で作った盾で防ぐ。
カンカンと硬質な音がする。
次に弟が飛ばしてきた斬撃が横から飛んできた。
闇でできた刃。森の木を横凪に切りながら飛んでくる。
走りながら屈んで避ける。
避けられた斬撃の中から弟の顔が飛び出した。
そして腕を振り、第二撃を放つ。
それに対して俺も腕を振るい斬撃を返す。
「兄さん、生意気だね。100回切り刻まないといけないね」
止まった俺の硬直を狙って父親が殴りかかってきた。
「ふん!」
「ぐ」
闇によって強化された打撃をガードしきれず、腕の骨がひび割れる音共に俺の体が吹っ飛んだ。
体が逆のくの字にのけぞる。
後ろにあった木に打ち付けられ、再び父親へと引き寄せられる。
これは、引力。
そうか。長らくわからなかったが親の能力は引力だったのか。
俺も地面に引力を使って、その力に対抗しつつ、父親の足へと影の手を伸ばし、大地を掘り起こした。
大地に隠れていた爆弾が姿を見せる。
起動。
爆発。
「ち!」
「う!」
父親は防御した。だが、弟はガードしきれずに左腕を負傷した。
「ぐ!」
「この!」
代わりにやってくる黒の針。
それらをよけて、また場所を移動する。
攻防が続いた。
飛び交う斬撃、針、引力。
それらに対抗するために様々な小道具を使っている。
この森に仕掛けた罠は無数にある。それらを用いながら彼らの戦力を減らしていく。
だが、三対一。
徐々に俺の体力も減らされ、こちらの手数も減らされていった。
「このままでは」
持ちこたえれない。
息が切れていく。
親兄弟の愉悦に浮かんだ顔が見える。
そしてついに俺の体に針が刺さった。
黒の針が蛇のように俺の体内を駆け巡り、腕、胴体、首と渡っていく。
ついには脳へと浸食した。
視界が真っ暗になった。
「あー。頑張ったんだがなぁ」
暗殺にはいくつかプランがあったが、やはり同時に全員殺すのが一番だとは思った。
一人ずつ殺せば危機感を持たれ、複数人での暗殺を仕掛けられた時点で終了となる。だから、彼らに一致団結する暇なく殺す必要があると判断した。
「まー。結果的にはだめだったがな」
意識が削られていくのを感じる。これがあの妹の能力だろう。
俺はもう少しで死ぬんだろうな。
「ま、こんな人生なんて御免だったから別にいいか」
暗殺者一家なんて御免だ。俺は別にゾルディック家の人間じゃないからな。
「もし」
「しょうがないわな。一般人にしてはよくやった方だよ」
「もし」
「ん?」
声が聞こえた。振り返るとそこには女性。
何というか喪女という感じの人だ。
髪が顔を覆っていて顔が見えない。
「えっと誰? 妹の知り合い?」
ここで見える何かはおそらく妹関係と思われた。
「私は闇の大精霊」
「…闇の大精霊?」
闇の大精霊?
あの虚の聖樹に住んでいるという闇の大精霊か?
「ええ。私は虚の聖樹に住んでいる大精霊です。長年私は契約できるものを探してきました。そしてようやく見つけた。それがあなたです」
「俺と契約? 何故?」
「私と契約するには汚れていない心が必要なのです。ですが、あの一家は心が汚れすぎて、嗜虐することに傾倒してしまっています」
「それは、そうだな」
嗜虐することが善だと思っているような家だ。
「闇の精霊と契約したものは心が汚れるなどと言われていますが、そのようなことはありません。本来、闇の精霊と契約したからといって心が変容することなどないのです。ですが、一般的なイメージから人の闇を司るような仕事ばかりを受けているために、心まで代を経るごとに荒んでいきました」
「なるほど」
「そこで現れたのがあなたです。闇の精霊との親和性が高く、そして心が汚れていない」
「…別に俺の心も嗜虐心がないわけじゃない」
人をいじめるのがことさら好きというわけじゃないが、非道を行う人間を倒すことが気持ちよくないというわけではない。
「許容範囲内ですよ」
「ふーん。契約すると何ができるんだ?」
「ひとまずこの場所を難なく抜け出せます」
まじか。コンティニューか。
「じゃあ契約してくれ」
「わかりました」
契約した大精霊が、俺の洗脳を吹き飛ばす。
そして、意識が浮上した。
「ん?」
「え?」
「チッ!」
闇が展開された。
本来は人の影ほどの大きさしか扱えない闇が、森全体を覆う。
これが大精霊の力。
影の刃が森を飛び交う。
一瞬で弟の内臓が吹き飛び、妹の首が飛んだ。
「ば、馬鹿な!」
そして父親の防御を紙きれのように引き裂いて、真っ二つとした。
終わった。
「これで、家族とのつながりがようやく切れたか」
長かった。
一年という月日は本当に長かった。
「これなら逃げ出せるな」
追手が来ないなら、あんな街はもういらない。
あそこにいれば勇者に殺されるからな。とっとと逃げるに限る。
「逃げる?」
いつの間にか隣にいた大精霊が話しかけてくる。
「ああ、もうここら辺に要はないからな」
「できませんよ」
「え?」
何を言っているんだ?
「私と契約した以上、ここにとどまってもらいますよ」
「…離れられないの?」
「私を放っておくんですか? 私の本体は虚の聖樹ですからね。 言っておきますが、ここから離れたら殺しますよ?」
…。
厄介な家族は始末した。
だが、厄介な精霊が俺に付きまとうことになった。
「まじかよ…」
勇者がやってくるまでに、あの街を復興しなければ。
悪徳領主に転生したので街を滅ぼすことにしました。 サプライズ @Nyanta0619
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