第12話 罠


 アオはあたりを見渡し、イチョウが教えてくれた石碑をさがす。イチョウから見える景色の中に、少し盛り上がっている場所がある。道からはイチョウに隠れてあまり見えないとろだ。石碑は膝くらいの高さで、苔が全体を覆っている。。


「あった。ガク、あそこだ」

「ん? 何があるんだ?」


 ガクが不思議そうに首をひねる。


「イチョウとしっかりコミュニケーション取ってきたんだっていえば分かるか?」

「まさか!」

「そう、そのまさかだよ」


 ガクを見て、してやったりとアオは笑った。


 石碑に手を合わせたあと、二人で石碑をどかした。すると、小さな石室があり、そのなかに手に平サイズの壺が置かれている。


「……種か?」


 ごくりとガクが唾を飲みこみながら聞いてきた。


「そのはず」


 アオは落とさないように両手で壺を引き上げる。手が震えるため、滑り落ちそうで怖かったが、何とか地面に置いた。

 壺の口には皮と紐で封がしてある。恐る恐る紐を引っ張ると、硬く締められているせいかびくともしない。しだいに向きになり、アオは力一杯紐を引っ張った。すると、紐が勢いよくちぎれて、反動で手から壺が転がり落ちる。


「アオ! 何やってんだよ」

「悪い」


 慌てて壺を拾い中身を確認する。壺の中が黒くてよく見えない。仕方なく手の上で逆さにすると、コロンと胡桃ほどの物体が出てきた。


「……種、だな」

「種だ」


 良かったと、どちらともなく安堵の息が漏れる。


「まったく、落としたときは心臓が潰れるかと思っ…………あれ?」


 ガクが目を細めて遠くの方を見たかと思ったら、眉間にしわを寄せた。


「ガク?」

「トラックだ。明日のために重機でも運んできたのか? もう必要ないけどな」


 土煙を立てながら、三台のコンテナトラックがイチョウを囲むように止まった。イチョウ一本を駆除するには多過ぎではないだろうか。

 そして、コンテナから武装した大人がそれぞれ二十人ずつくらいわらわらと出てきた。合計だと六十人以上ってことになる。


「すごい、イチョウが大人しくなっている」


 しゃべりながら人をかき分けて出てきたのは、武装した深山だった。


「深山さん、どういうことですか? 駆除は明日の予定のはずですし、そもそもあなたはイチョウを残したいと仰っていたはずですが」


 ガクが固い声で問いかけた。


「その通りですよ。駆除の予定は本当に明日ですし、イチョウも残したいと思っています」

「ならば、この武装した人達は何なんですか」

「『それ』を回収に来たんですよ」


 深山はガクではなく、アオの方を指した。アオの手には種と壺がある。


「いつから、気付いていた?」


 ガクから敬語が抜けた。ハッキリと敵認定したのだろう。


「あなたがたを見送ってから、ですかね。わたしは御子柴の神事にも数回参加したことがあるんです。あなた方を見てずっと何か引っかかっていたので、失礼ながら後を付けさせてもらいました。まさかそっちの柄の悪い彼が本家の坊ちゃんだとはね。あまりに雰囲気が違いすぎてすぐには気がつけませんでしたよ」

「ストーカーかよ、趣味悪いな」


 ニヤッと笑う深山にぞっとして、思わずアオは吐き捨てた。


「なんとでも。『守護樹の種』さえ手元にあれば、いくらでも金が稼げる」


 クズが。金稼ぎのために渡すわけがないだろうが。

 アオは苛立ちにまかせて歯を食いしばった。


「さて、大人しく捕まれば丁重にもてなしますが、どうしますか?」


「「捕まるわけねーだろ!」」


 奇しくも、二人の声が重なる。同時に、二人は目の前の武装した大人を拳でぶっ飛ばした。




 二人とも旅の修羅場をくぐってきただけ合って、かなり善戦した。だが、二人に対して相手は六十人。さすがに体力もつきかけてきたと思ったころ、ついにガクが捕まってしまった。


「本家の坊ちゃん。ご友人がどうなってもいいんですか」


 これ見よがしにガクを人質にして、アオに選択をせまってきた。捕まえようとしてくる大人の顎を蹴り上げて気絶させつつ、アオは考える。

 このままでは自分も捕まるのは時間の問題だ。かといって、一人で逃げるという選択肢はない。逃がすならガクだ。

 でも、ガクだけを逃がそうとしたら、きっとガクは激怒するだろうな。それは怖いし、ガクを傷つけるようなことはしたくない。

 ならば、どうしたらいいのか。


「深山! 取引しよう。俺が今持っている『種』とガクを交換だ」


 アオは落とさぬようにポケットにしまっていた種を取り出し、指で挟んで見やすいようにかざした。


「アオ! それは――」


 ガクが喋ろうとすると、武装している大人に手でくちを塞がれてしまった。


「心配するな、ガク。だから」


 アオは大きな声で、ちゃんと伝わるようにゆっくりと言う。

 すると、ガクにも伝わったのか、もがくのをやめてうなづいた。


「……いいでしょう。別に本家の坊ちゃんがいたとしても、用無しですからね。守護樹を育てるのは御子柴の巫女、つまり女性でないと意味が無い」


 嘲るように深山が笑う。普段なら腹立ち紛れにグーパンをお見舞いしてやるところだったが、今はガクを解放させることの方が重要だ。


「だったら、ほら、種と交換だ」


 アオは瓶にカランっと種を落とし入れると、警戒しつつ深山に近寄っていく。

 あと三メートルくらいまでの距離でたちどまった。


「ガクを解放してもらおうか」

「先に種を寄越しなさい」

「チッ」


 舌打ちしつつも、アオは深山の指示に従った。下手に逆らって刺激したくないからだ。


 恐る恐るといった様子で差し出した壺を、深山が受け取る。深山は確かめるように壺を軽く振ると、カラカラと種が転がる音が鳴った。満足そうに微笑んだ深山は、ガクを捕まえていた人に、解放しろと命じる。


 突き出されるように解放されたガクは、腕をさすりながらアオの横に来た。


「アオ、悪い」

「そこは素直に礼だろ?」

「……助かったよ、ありがとな!」


 やけくそのようにガクが言う。その横顔を見て、良かったと心から思った。


「おい深山! またストーカーされると嫌なんで、あんたらが先に帰ってくんね?」


 アオは深山に向かって提案する。


「ハッ、生意気な」

「生意気で結構」

「まぁいい。種さえ手に入ればもう用はない。撤収するぞ!」


 深山が号令を掛けると、慌ただしく武装した人々はトラックのコンテナへと入っていく。アオ達がノシた人達は、動ける人達が運んでいた。

 そのまま深山の気が変わることもなく、無事にトラックは走り去っていくのだった。


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