第10話 イチョウの気持ち


 空気を切り裂くように枝がアオの耳の横を通る。ガクが警棒でいなした枝だ。イチョウは再び攻撃をしてくるが、まだ疲労が残っているのか先ほどよりは勢いが弱い。ガクでも余裕を持って対処出来るレベルだった。

 逆に、巨木と行って良いイチョウの根元に生えているニューシアは、背丈は二メートルほどで、幹も一番太いところで直系五センチくらいだ。これなら神通力で強化した木刀で叩き切れる。


 アオは一気に走り寄ると木刀を振り上げてニューシアの幹を叩く。鈍い音をさせて破片が飛んで、大きくえぐれた。だがまだ根元と本体は繋がっている。


「一回じゃ切り倒せなかったか。しなるから切りにくいな」


 このニューシアはひょろ長いという言葉がぴったりな形状をしているため、鞭のようにしなって折れにくいようだ。


「まだ若い木だから余計にしなるんだと思う」


 ガクが説明をしてきた。今は別にそんな分析しなくてもいいんじゃとは思ったが。


「おう、解説どうも」


 適当に返しつつ、気合いを入れ直してニューシアの幹に木刀を振り下ろす。二回、三回と続けると、五回目にしてメキっという音ともに折れ曲がった。とどめとばかりに容赦なく六回目を振り下ろすと、完全に幹が根元と離れた。


「ガク、やったぞ」

「よし、じゃあいったん距離を置いて様子見だ」


 ガクに誘導されつつ、見守れる安全な位置まで退去したのだった。





「なぁ、もう三十分は経つけど、あんま変化なくね?」


 ガクの非常食をかじりながら、アオは首を傾げた。ちなみにアオの非常食は社で食べきったので、ガクに嫌味を言われながら分けてもらった。


「変化ないな……何故だ。あれだけ暴れていたのなら、ニューシアに相当影響されていたはずなのに」


 イチョウは威嚇の様子を崩さず、思い出したかのように枝を伸ばしてアオ達を串刺しにしようと試みてくる。刺されない距離を保っているとはいえ、油断は出来ない。アオ達に届くところまで、一気に枝を成長させる可能性も捨てきれないからだ。

 凶暴な外来種は異様に早い成長をさせるから、切ったそばから伸びてくる。だから、あの外来のヤドリギの影響を受けているイチョウも急激な成長をさせるかもしれないのだ。


「酔っ払いみたいなものかもな」


 アオは非常食のゴミをクシャッと丸めながら言った。


「アオ、どういうことだ?」

「酒を飲むのをやめても、すぐに酔いは覚めない」

「つまり外来種の寄生に酔っ払って、くだを巻いているような状態だと?」

「あぁ、ただの思いつきだけど」

「だが、それなら納得出来るな」


 酔いがいつ覚めるのか。むしろさめない場合だってあるかもしれない。酒に酔ったと例えたが、酒のようなものではなく実際は病原体のようなものだとしたら? そしたら凶暴化したまま戻らないだろう。


「ガク、このまま明日になったらどうなるんだ? 駆除チームが来るんだろ」

「うーん、駆除チームに説明して延期してもらえればいいけど。でも、大抵こういう場合って、スケジュールをバカみたいに守ろうとしてくるんだよな。融通が利かないお役所仕事っていうか。それに、現に暴れていて危険なのだから、駆除するのが当然だろってスタンスだろうし」


 なんだそれ。

 このイチョウは自分たちよりも何倍も長く生きてきたんだ。人間がバカなことをやっているのをここで見守ってきたはず。それなのに、外来種に寄生されたらすぐ害だと判断されて殺される。


「目上の者には敬意を払えよな」


 アオはぽつりと文句を言う。

 酔っ払っているみたいな状態なんだとしたら、ちょっと羽目外して酔っ払うくらい大目に見ろよと思う。病原体に犯されている状態なら、治す時間をくれよって思う。それくらいの心の広さはあっていいだろう。

 でも、人間の利益が優先されて、この地の守り主だったイチョウは切り捨てられる。何だかやるせない気持ちがふつふつと湧き上がった。そのときだ。



――さびしい、さびしい、なんでひとりきり



 アオの心の中に寂しいという感情が響いた。


「アオ、どうした。胸を押さえて痛いのか?」


 ガクが目を丸くして、アオをのぞき込んでくる。


「急に誰かの感情が降ってきたみたいな……いつもの直感がより鮮明になったかんじ」

「アオ、それって御子柴の神託の力じゃないか」


 御子柴の神託とは、守護樹に神通力を捧げるとき、返礼のように神託が下るときがあるのだ。でも、それは巫女の力だろう? 男の自分にそんな力があるはすがない。


「もともとアオの直感も、御子柴の神託の力じゃないかって俺は思ってたんだ」

「違う、俺は男だ」

「分かってるよ。ただ、役割として女性が神託を聞く機会があっただけで、御子柴の男性だって神通力があれば聞けるんじゃないかって思うんだ」

「知るか…………そんなことは今はどうでもいい」


 そうだ、どうでもいいんだ。だってそうだろう。もし自分にそんな力があるんだったら、なぜ美優を養女に迎えたのか。アオがそのまま嫡子としてお役目をしていれば、美優は今でもガクと一緒に平穏に暮らしていたはずだ。ますます、美優を身代わりにしていたのではという思いに駆られる。


 アオは首を軽く振り、暗い思想をはじき出す。今は目の前のことに集中だ。


「ガク、これはきっとイチョウの感情なんだと思う」

「どんな感情なんだ?」

「さびしい、なんで一人きりなんだって、苦しんでる」

「一人きり、寂しい……もしかして!」


 ガクは情報端末を取り出すと何かを検索し始めた。そして、数分後にあるスケッチを見せてきた。


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