第9話 暴走の原因


 イチョウの枝の先端が容赦なく向かってくる。木のくせに体が柔らかすぎだろと毒づきながらも、必死で木刀を振るう。

 真正面から枝が突っ込んできたかと思えば、右から足下をすくうように枝が動いてくる。縄跳びの要領で、ガクの胸ぐらを掴むと二人で必死に飛んだ。

 イチョウの攻撃をいなしながらじわじわと幹に近寄る。背後でガクが何やら叫んでいるが気にしていられない。集中を切らしたら串刺しだ。


「アオ、破片が飛んでくる!」「痛え、肘鉄すんな!」「木刀かすった! 撲殺する気か、アホ!」


 ……うるせぇ。


「ガクは黙ってイチョウ見てろ!」


 フンっと鼻息荒く、太めの枝の攻撃を叩き折ったタイミングで叫んだ。


 イチョウの方も疲れたのか、攻撃が止まった。ただし、まだ枝を震わせて威嚇は続けているが。まだ落葉の季節には早いのに、葉がどんどん地面に落ちていく。まるで羽が抜けていく鳥のようだと思った。鳥は風切り羽がなくなると飛べなくなってしまう。イチョウもあるべき時期に葉を落としてしまうと、不調を引き起こすのではと心配になった。


 膠着状態だ。でも、三メートルほど先にはイチョウの幹があるところまで近づいている。この距離ならもっと詳細に観察できるだろう。


「ガク、何か分かったか?」


 視線はイチョウに向けたまま、ガクの方へ頭を寄せる。


「いや、特にこれといって……ん?」


 ガクがアオの肩に手を当てて、ぐいっと後ろから身を乗り出してきた。


「あんま前出るな。危ない」

「あれは巨大化した雑草かと思っていたが、もしかしてニューシアか?」


 何かを見つけたことに夢中になって聞いちゃいない。でも、どうやら手がかりが見つかったのかもしれない。


「にゅーしあ?ってなんだよ」

「ヤドリギの一種だよ。ヤドリギはたくさんの種類があって日本にも多く存在している。でも、あれは……うん、間違いない、ニューシアだ。ニューシアは別名オーストラリアン・クリスマスツリー、つまりオーストラリア原産のヤドリギだ」


 ほら、とガクが指した先を見ると、イチョウの根元の近くから細い木が生えていた。確かに、ガクに言われなければ木ではなく巨大化した雑草にしか見えない。


「ヤドリギ……つまりイチョウを宿としているんだ、あいつ」


 ガクがつぶやいた。


「つまり、どういうことだ?」

「だから、外来種のヤドリギが、あのイチョウに寄生しているってこと」

「じゃあイチョウが外来種ばりに攻撃的なのって、ヤドリギのせい?」

「おそらく」


 外来植物の寄生によって暴れているのなら、その外来種を取り除けば元に戻りそうだ。でも、どうやって?


「ガク、あれはどこに寄生してるんだ? 見る限り、普通に地面から生えているように見えるんだが」

「根だ。日本に多く見られるヤドリギは幹や枝だから取り除きやすいんだが、ニューシアは根っこに寄生するから……。薬剤を使うとイチョウにも影響が出ることを考えると、掘って寄生している部分を見つけて取り除くしか」


 この状態で地面掘るとか無理だろ。


「アオ、そんな呆れた顔すんな。俺だって難しいって分かってるよ。だから、少しずつやる。まずはニューシアを弱らせるために伐採する」

「根っこに寄生してるんだろ。伐採して意味があるのか?」

「確かに伐採してもニューシアの根っこはイチョウに残っている。でも、凶暴化させているニューシアが伐採されて弱まれば、イチョウに及ぼす影響も減るはずだ。あと、ニューシアが痛手を負えば生存本能が働いてイチョウから養分を吸い取ろうとするだろう。それによっても、イチョウは一時的に暴れる力が減る」


 ガクがすらすらと根拠を並べていく。そこまで考えられての作戦ならば、アオとしても拒否する理由もない。まぁガクの作戦に文句は言っても、反対することなんてないんだけれど。


「分かった。じゃあ、にゅーしあっていうあのヤドリギを切り倒せば良いんだな」


 アオは木刀に再び集中する。消えかけていた淡い光が部分的に明滅したかと思うと、全体的に光が再び満ちた。


「アオ、今度は俺がフォローする」


 ガクが防御用の警棒を構える。


「おう。背中は任せる!」


 アオは前だけを見て走り出した。

 ガクと旅をしてきた。危ないこともたくさん合ったけれど、助け合って生き延びてきた。お互いがいなくちゃ今ここに二人はいないのだ。その信頼があるから、アオは前だけをみて飛び出せる。


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