第8話 イチョウ
社まではアレチウリに襲われたり、道を踏み外して転げ落ちたりと大変だった。しかし、社からイチョウのところまでは事件が起こることもなく無事に着いたのだった。
むしろ、イチョウが大事件である。
「えっと……アイツ動きすぎじゃね?」
思わずアオが呆れた声を出してしまうのも仕方ないほど、例のイチョウは枝をわさわさ振るわせていた。アオ達を威嚇しているのかもしれない。
由緒ある木というだけあって、幹は大人が数人手を伸ばして一周するくらいの太さだ。枝振りも立派で、空に向かって何本も手を広げるように伸びていた。
ガクはイチョウの周りを、距離を取りつつ、ぐるっと歩いて戻ってくる。
「ガク、どんな感じだ?」
「昔から日本に自生している植物が巨大化だけならまだしも、こんなに動いているのは尋常じゃないな。もう外来種も顔負けの暴れっぷりだよ」
ガクも戸惑っているのか、こめかみに手を当てて頭を揉んでいる。
「アオ、気をつけろよ。これだけ動いていると近寄ったら枝で叩かれるかもしれない。しかもアレチウリみたいな雑草じゃないから、下手をしたら串刺しの可能性も……」
「さらっと怖いこというな」
流石に串刺しは勘弁願いたい。
だが、イチョウを鎮静化させないことには身動きが取れない。こんなに暴れていたら種を探すなんて無理だ。
それに、深山からの依頼もある。最悪は駆除するとは伝えてあるが、出来ればこの地でずっと見守ってきたイチョウを残したいとも思う。
種も依頼も、どちらにせよまずはイチョウを大人しくさせなければ。
アオは木刀を構え、精神を集中する。意識を尖らせるイメージだ。これが上手くいくと、不思議なことに木刀が淡く発光し、まるで刀剣のように鋭く堅くなる。
御子柴家に生まれたが、アオは女性じゃないからと守護樹を育てる役目は回ってこなかった。だが、神通力がないわけじゃないのだ。あれこれ試行錯誤し、木刀を強化して武器としてランクアップさせることが出来たのだ。
「目測だが、幹の太さからしてもやはり樹齢五百年くらいは経っている。本来であれば暴れるはずはない木なのに、暴れているのは何か理由があるはずだ。くそ、もう少し近づいて見たいけど……」
ガクが眉間にしわを寄せて、考え込んでいる。
確かに、原因を探ろうにも近寄れないのでは手がかりすらつかめない。だが、下手に近寄れば串刺しになるかもしれず悩ましいところだろう。でも、こういうときのためにアオが居るのだ。
アオは淡く光る木刀を握り直す。
「ガク、俺に任せろ。イチョウの攻撃は俺が全部防いでやる」
「は? まさか二人でイチョウに近づくつもりか?」
「そうだ。俺が枝をなぎ払うから、ガクは手がかりを見つけろ」
「だけど……」
ガクが不安そうに、枝を小刻みに揺らしているイチョウを見た。
「大丈夫だ。いざというときは俺が壁になってでもガクを傷つけさせたりはしない」
「……いや、急に男前なこと言うなよ。びっくりするだろうが」
ガクが嫌そうに顔を背ける。
「じゃあ俺が男前な行動を取らなくても言いように、早急に手がかりを見つけてくれよ」
アオは笑いをかみ殺しながら言った。
「笑い事じゃない。死んだら元も子もないだろ」
「でも『種』があるかもしれないのに、そのまま去るのか? 深山さんに報告して、イチョウを駆除して、その後は? しれっと種を探しに来るのか? 駆除したときに先に奪われるかもしれないぞ?」
「だけど……」
「俺は、美優に繋がるものはどんな小さなことでも取りこぼしたくない。すでに一度取りこぼしてんだ」
自分の行動の浅慮な行動のせいで美優は消えたのだから。これ以上の後悔はしたくない。
「それにガクと心中なんて嫌だからな。死ぬ気で動くから心配するな」
冗談めかして肩を軽く突く。
すると、ぴりついた空気が少し和らぎ、「俺も心中は嫌だな」とガクも苦笑いを浮かべた。
「アオ……、分かった。やろう」
決意したガクが顔を上げる。
アオが握りこぶしを突き出すと、ガクもこぶしを握って軽くぶつけた。二人だけの合図だ。
アオは木刀に神通力を再度まとわせる。硬く、鋭く、重さは木刀のままで刀のような切れ味をとイメージした。
「アオ、準備はいいか」
「いいぜ」
二人は大きく息を吐く。そして、同時に息を吸った瞬間、一気にイチョウへ向かって走り出した。
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