第7話 木片の地図
社の床に座り込み、地図の解読をガクが始めていた。縮尺がとか、方角がとか言って唸っている。
頭を使うことはガクの方が間違いはないからと、全部任せて腹ごしらえをしていたが、さすがにちょっと手伝った方が良いかもしれない。
荷物の中に入っていた携帯用の栄養補助食品をすべて食い尽くしてしまって、手持ち無沙汰になったからでもあるが。このままだと、ガクの分まで食い尽くしてしまう。
唸るガクの背後から木片の地図を覗き込んだ。
あれ……もともと置いてあった向きから上を北だとすると、この線って今来た道じゃないか? なら、この地図の示す先って。
「ガク、小難しく考えすぎだ。ここ、イチョウのところだろ」
そう、二人がもともと目指していたイチョウの木だ。
「えっ!」
ガクが勢いよく振り向いた。数秒見つめあったあと、再び前を向いたと思ったら、がっくりと肩を落とした。
「本当にイチョウじゃん。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ。いや、むしろ簡単だからこそアオが分かったのか」
ガクが納得したようにウンウンと頷いている。
「あ? 舐めてんのか」
それって暗にバカにしてるだろ。流石にアオでも気付く。
「くっ……、そうでも思わないと俺の心の傷が塞がらないんだよ!」
面倒くさいなと若干呆れながら、宥めるために背中をさすってやる。
「アオに慰められるなんて、世も末だ」
「いや、ちょいちょい貶してくんな」
イラッとしたのでガクの脇腹を思い切りつねる。
「痛って! 何すんだよ」
ガクは身を捩ってアオのつねり攻撃から逃げた。やり返すように、ガクが容赦なく頬を掴んで引っ張ってくる。
「はへほろ(やめろよ)!」
「アオが先にやったんだろ」
ガクの手首をガシっと握ると、腕力に任せて引き剥がした。頬から指が離れる瞬間に最後の足掻きとばかりにガクが指に力を入れてくるので、痛みと共に頬が限界まで伸ばされる。地味に痛い。
「痛えだろ。ちょっと揶揄っただけじゃん」
「揶揄う必要が今、どこにあった?」
冗談が通じないとは。これだからプライドの高いやつは面倒だ。ちょっと戯れただけじゃん。と、アオは腹が立ってくる。
二人は言い合いを続けながら、お互いのつねり攻撃を防御しようと相手の手や手首を掴み合う。完全に膠着状態だ。
――バンッ
大きな音に心臓が跳ねる。扉が開いたのだ。
誰かが開けたのかと外を見るも、誰もいない。しかも、なんだか社の中の空気がピリピリと違っている感じがした。
外では強めの風が吹いている。恐らく扉の留め具は外したままだから、風で開いてしまっただけだろうと思う。
だけど、これ見よがしに開いた扉。まるで早く行けって急かされているような、叱られているような……。
「あーガク、行くか」
そっと手を離すと、ガクも気まずそうに手を下ろした。
「そ、そうだな」
荷物を持ち、社を出る。元の通りに留め具をかけ、改めて手を合わせて拝礼する。隣でガクも頭を下げていた。
「うるさくして、すみませんでした」
ガクが小さな声で謝った。
ガクは植物学者だ。非科学的なことは信じなさそうだが、意外とちゃんと守護樹を信仰する御子柴家の礼儀を尊重している。
事実として、守護樹は科学では説明しきれない力を持っている。ならばそれは否定せずに受け入れて尊ぶべきだと考えているらしい。小難しい思考回路だが、まぁ要するに守護樹の不思議な力を信じてるってことなんだろうと思う。
結果的に寄り道はとても有意義なものになった。
だが、再び歩き出した二人を見つめる不審な人物が、草むらの中に隠れて息を潜めていたのだった。
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