第5話 たどり着いた場所


 転げ落ちたこの場所にいつもまでも留まっているわけにはいかない。せっかくアレチウリから逃げることが出来たのに、見つかってしまうかもしれないからだ。幸いににも、転げ落ちた場所から獣道のような細い道が続いている。


「しばらく獣道を進んで、上がれそうなところで上の砂利道に戻るか」


 ガクの提案にアオもうなづく。


 そのまま進み続けると、獣道が緩やかに上り坂になり、上がれそうな場所があったので砂利道に合流した。すると、遠目に小さな建物が見えた。巨大化した雑草に埋もれていて、隙間からちらっと見える程度だったが。


 でも、アオはあれだと思った。

 あれこそが自分の直感が知らしめてきたものだと。


「ガク、あの建物だ」

「あ、待てよ。急に走るなって!」


 ガクが慌てているが、知ったことじゃない。だって、アオの心こそが慌てているのだから。

 早く行かなきゃ、呼ばれてる、誰から? 分からない、でも、行ったら何かが分かる。そんな直感が頭の中で強く主張してくる。


 走ったから息が切れる。でも、息苦しさよりも興奮の方が勝る。


 目の前には草臥れた雰囲気を存分に醸し出す小さな社があった。巨大化した雑草が社を取り囲むように伸びている。でも、社の敷地内には何故か入り込んでいない。普通のサイズの雑草が風に揺れているだけだ。


「御子柴の紋だ……」


 アオの口から、思わず独り言がこぼれる。


「まさか、こんなところにゆかりの社があるなんてな」


 追いついたガクも、驚いた様子で社の紋を見つめていた。

 社は四畳半ほどの大きさで、木製の扉に御子柴、つまりアオの生まれた家の紋が描かれていた。

 御子柴家、それは日本の守護樹を信仰して、古の昔より守り育ててきた一族だ。守護樹は特別な木で、神通力を養分として育つ。そして、何故か御子柴の血族からの神通力しか受け付けなかった。

日本では守護樹は京都に根ざしているのみ。各地に守護樹の加護を行き渡らせるために分社が造られた。これはそのひとつなのだろう。


 アオは両手を合わせて、親指側をおでこにあてる。これは正式な祈りの姿勢だ。息を吐き、新たな酸素を体に取り込む。そうしてから、アオは手を下ろして社の敷地内に足を踏み入れた。


 そのとたん、空気が変わった。埃っぽかったはずなのに、急に澄んだような心地よさに包まれる。

 アオは懐かしさに、ぐっと喉が詰まる。こらえないと涙が出てしまいそうだった。


「ここは、本家の静謐な雰囲気と似てるな」


 ガクが後ろに来ていた。


「あぁ、似すぎてて……」


 似すぎていて、嫌な記憶まで芋づる式で蘇ってくる。


 二十世紀に入り守護樹の重要性を政治家達が認めてからは、御子柴家が国を裏で牛耳っていたと言っても過言ではない。守護樹について御子柴家より知識がある者達はいなかったから。

 守護樹の力が乱れれば、すなわち国土が乱れるのと同意。総理大臣でさえ御子柴家には頭が上がらなかったのだ。


 だが、それも1999年の落雷で守護樹が枯れてしまったら変わってしまった。奇しくもノストラダムスの地球滅亡予言が流行っていた時である。日本人は怯えた。

 そのせいで守護樹を守り育てるのが使命の御子柴家なのに、守れなかったと怒りや恨みをもつ人々が現われた。アオに言わせれば、雷などどう守れって言うんだって思うが。

 そして年月が過ぎ、外国からの守護樹のせいで国土が荒らされると、さらに彼らの反発行動はより過激になっていったのだ。その矢面になってしまったのが、次期御子柴家当主だった美優である。


 あの日は、守護樹を成長させるために神通力を送る舞を奉納する予定だった。もちろん、日本の守護樹はないから、外国から譲り受けた守護樹に対しての奉納だが。


「俺が、余計なことをしなければ」


 あの日が脳裏に蘇り、アオの口から後悔がこぼれ落ちる。


「アオは悪くない。悪いのは襲ってきた奴らだ」

「違う。俺は美優を犠牲にして生き残ったんだ!」


 奉納の舞が終わった直後、テロリスト達が守護樹の元になだれ込んできた。狙いは次期当主である美優だと思ったアオは、美優がまとっていた伝統的な衣装の一番上を剥ぎ取るように受け取ると『母屋に逃げろ』と美優に叫んだ。本家の広大な敷地内に守護樹が植わっているため、母屋は走れば数分で着く距離だったのだ。


 美優を逃がしつつ、アオは身代わりとしてテロリスト達を引きつけようと衣装を被って走り出した。襲いかかってくる奴らは問答無用で殴り倒したので、すぐに美優ではないとばれてしまったが。それでも何とか救援が着くまで粘らねばと夢中だった。

 けれど、無情にもそこから美優の行方は分からなくなってしまったのだ。


 生きているのか。もしかして、テロリストに殺されてしまったのか? でも死体は見つからなかった。だから、きっと生きてる。そう思いたい。

 ならば何故姿を見せない? 誰かに捕まっているのか?

 分からない。だた、彼女がいないことだけは確かなのだ。


 ずっと後悔していた。一緒にいれば良かったのだ。変に身代わりになろうなどとしなければ良かった。せめて、自分がちゃんと身代わりとしてテロリスト達をちゃんとだませていたら……。すぐに美優じゃないとバレた時点で、美優が余計に狙われてしまったのかもしれない。

 あのときは、美優を助けたいと思ってやった行動だった。でも、美優と別行動をとったせいで、結果的に自分が助かってしまったんじゃないかとずっと後悔している。


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