第2話 依頼


 この旅はガクが言いだし、アオがそれに乗った。だが、旅には資金が必要だ。そのためにガクは植物学者としての知識を生かして、植物に関する困りごとを解決して報酬を得ている。アオは腕力を生かして彼の護衛というわけだ。

 さきほどのように、道すがら人助けのようなことをしながら、きままに旅は進んでいる。


 情報端末を操作し、ガクが依頼人の場所を確かめている。それに沿って進みながら、アオは市街地の様子を観察した。


 二階建てや三階建ての一軒家が多く、広い場所には超高層マンションが建っている。巨大植物の気配はない。人々が密集する市街地は、囲むように害緑対策のネットが張られているので、こうして安心して住めるのだ。

 襲われていたあの家は害緑対策ネットに近いため、おそらく隙間から種が飛んできて庭で芽吹いてしまったのだろう。こういうイレギュラーなことも起こるため、市街地の中心部ほど安全だと人気があり、低所得者は害緑対策ネット付近の危険度が高い場所に追いやられているのが現状だ。


 アオは道ばたに咲く花を眺める。美優がいつだったか摘んできた花だった。

 植物は害があるかないかでしか考えてなかったが、美優はそれだけじゃもったいないよと言っていたなと思い出す。


「俺なんかが身代わりになっていいような人じゃないのに」


 アオは花に向かってつぶやく。その声は後悔に満ちていた。




 ***


「これはこれは、想像以上にお若くてびっくりしました」


 今回の依頼人である深山が、開口一番に言った。彼の視線はガクから流れてアオで止まる。ガクよりも背が低いアオは、より幼く見えるのかもしれない。


 ここは深山の自宅だ。仕事場も兼ねているそうで、アオ達は書斎に案内されている。壁一面が本棚でぎっしりと詰まっているのが圧巻だ。情報端末でいくらでも読めるのに、本をこれだけ集めているのは珍しい。きっとデジタル情報として流通していない、希少なものなのだろう。


 ガクは一歩前に出ると自己紹介を始めた。


奥井学史おくいがくし、同行の彼は護衛兼助手の田中青斗あおとです。仕事と年齢は関係ありませんから、安心してご依頼ください。それで、詳しい内容を伺っても?」


 ガクは年齢のことは言われ慣れているのか、さっさと依頼内容に切り込んでいった。ちなみにガクの名乗った名前は本名だが、アオの田中は偽名である。本名は御子柴青斗みこしばあおとだが、対外的には明かさないようにしているのだ。


 深山はガクの淡々とした態度に驚いたように目を開いたが、すぐににこやかな表情を貼り付ける。


「実はですね、人口が増えてきたので、旧市街地の方まで住めるように害緑対策ネットを広げたいんです。ですが、その前にどうにかしないといけない木がありまして」

「なるほど。でも市でも駆除チームがあるはずです。何故、わたしに依頼を?」


 ガクは仕事モードになると『俺』ではなく『わたし』と言うようになる。初めて聞いたときは『らしくない』と笑ってしまったが、聞き慣れれば我慢も出来る。笑うと後で殴られるうえ、食事を減らされるという理由もあるが。ガクが仕事の話をしているときは、とにかく無言を貫くことにしている。


「実は外来種ではないはずなのに凶暴化しているんです。何か理由があるのではないかと思いまして」

「外来種ではないのに凶暴化……種類は?」

「イチョウなんですよ。明日には市の駆除チームが伐採に動きます。ですが、樹齢五百年と伝わっている由緒ある木なので、自分としては出来れば残したい」


 由緒あるイチョウの木か、とアオはつぶやく。

 きっと日本の守護樹が存命だったころは、そのイチョウの木も人々の生活に馴染み、一緒の時を過ごしていたのだろうなと思う。


「分かりました。ですが、最悪は駆除ということになるかもしれません」

「はい、それは覚悟しています。市民の安全には変えられませんから。でも、最後にもう一度、望みを掛けてみたいのですよ」


 深山は寂しげな笑顔を浮かべた。

 もしかしたら、イチョウに深い思い入れがあるのかもしれない。だけど、人間が生きるためには、その気持ちを切り捨てる覚悟もしている。


 大人だなって思った。自分にはそんな選択できそうにない。自分の大切なものと、顔も知らない大勢の人を比べたら、酷いと言われようが自分の大切なものを取る。

 アオはそのために、ガクと旅をしているのだから。

 行方知れずになった自分たちの『姉』の手ががりを求めて。


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