第1話 旅の理由
科学は万能ではなく、まだ解明できないことが多すぎた。その最たるものが神通力で育つ
地球上には地域ごとに守護樹と呼ばれる木があった。そこに住まう人々は守護樹を敬い、守護樹は信仰の対象とさえなっていたのだ。だが、科学が進歩した時代に迷信だと軽んじられ、ビル建設のために守護樹が伐採された。すると、途端にその地域で植物が異常な繁殖を始めたのだ。
理屈など分からない。科学がさらに進歩すれば、ちゃんとした原理も解き明かされるのかもしれない。でも、今の段階では守護樹が植物たちの生態系のバランスを取っていた、そう結論づけるしかなかった。
そして、日本にも守護樹はある。だが、落雷で焼失したため、外国の守護樹を株分けしてもらい植えた。守護樹がなければ植物が異常繁殖するからだ。だが、話はそう上手いこと進まなかった。
外国産の守護樹を植えてから、日本に古くから根ざしていた植物が駆逐され始めたのだ。今までは守護樹が無ければただ繁殖力が増し、巨大化するだけだったのに。
外国産の守護樹に反応しているのか、はたまた命令でもされているのか、繁殖力が特に強い外来種の草木が、まるで意志を持ったかのように暴れ始めたのだ。反対にもともと根ざしていた植物は新しい守護樹の力のせいか、巨大化も狂暴化もしていない。
日本政府は迷った。外国産の守護樹を切り倒すべきかと。
しかし、わざわざ頭を下げて某国からもらい受けただけに、不要だと切り捨てるのは外交問題に発展してしまう。それに、守護樹がなければ日本の植物たちも巨大化してしまう。
政府は苦渋の決断で、外国産の守護樹を植え続けることにした。代わりに暴れる外来植物を駆除し、人々が安心して住める居住区を造ることに尽力したのだ。
***
「アオ、さっき助けた姉弟の家でパンもらったから食えよ」
「いいのか?」
「だってお前、腹が減ると動けないじゃん」
「あんがと」
アオは差し出された菓子パンを受け取って食べ始める。アオは金に染められた髪、光の加減で青みがかって見える瞳、均整の取れた顔立ちと、一見すると儚げな美少年といった風貌だ。だが、実際は神通力で独自強化した木刀を嬉々として振り回す、腕力バカな少年である。服装も無頓着で汚れても目立たない迷彩柄のパンツに、グレーの長袖Tシャツといったラフなものだ。
「アオ、髪にアレチウチの残骸が絡まってるぞ」
「んー? はほへほふ」
「後で取るって? しょうが無いな。ほら食ってる間に取ってやるから」
なんだかんだとアオの世話を焼くのは、幼馴染であるガクだ。黒髪に理知的で切れ長な黒い瞳、背丈はアオより頭半分ほど高い。服装はかっちり襟付の白いシャツを着て、黒い細身のパンツをはいている。
アオに言わせれば、どうせ外来種と戦えば汚れるのに、どうして白いシャツなど選ぶのか不思議であった。でも彼は神童と呼ばれ、飛び級で大学まであっという間に卒業した天才である。きっと彼なりのこだわりがあるのだろうとアオは思っている。
口の中のパンを飲みこんだアオは、ふと口を開く。
「今度の依頼人って、深山っていうんだろ。深山っつったら外国から守護樹を引っ張ってきた奴と同じ名字だな」
「アオ、パンくずが付いてるぞ」
延ばしたTシャツの袖で口元をぐいっと拭った。
「ん、取れたか?」
「おいおい、服を汚すな、延ばすな」
「いちいちうるせえな。それより依頼人のことだよ」
ガクは細かすぎるのだ。性格的なものと、多分……アオが本家の人間だというのも世話を焼く理由としてあるのかもしれない。
本家とか分家とかもう関係ないのに。そんなこと言う奴らはみんないなくなってしまったのだから。
「依頼人の深山は、守護樹の深山とは別人だ。だが、植物学者である俺に依頼をしてくるところをみると、何かしら関係がある人物かもしれない」
「じゃあ、
「あぁ、姉さんにつながる何らかの手がかりが聞けるかも」
二人は幼馴染であるが、きっかけは共通の姉だ。
アオは、とある由緒正しい本家の一人息子として生まれたが、女系相続の習わしのため継ぐことが出来なかった。そのため、本家に養女を迎えることになり、やってきたのが分家であるガクの姉、美優だったのだ。
そして、美優の存在こそ、二人が旅をする理由だった。
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